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危機
「やだっ!離せって!!」
「今頃になって暴れるんじゃない。大丈夫、おじさんと気持ちいい事しに行くだけだから」
「いや!やだよ!変態!!」
「セイ、お前も手伝え」
「……はい」
怖い怖い怖い怖い怖い。
地面を蹴り上げ必死に腕の拘束から逃れようとするが、筋肉だけは伊織さん並みなようで、中々抜け出せない。
今ギリギリ車の入り口で踏ん張っているのに、少年に加勢されたらひとたまりも無い。
そもそも、何故少年の方が斎藤さんと自分の二人だけが知るセーフワードを知っているのか。
目の前の男が斎藤さんでは無いのだとすれば、それでは一体何者なのか。疑問は尽きないが、今は車に放り込まれないようにするだけで必死だ。
車の中から少年の手が伸ばされるのが見え、もう駄目だと目を瞑る。
ごめんなさい、お父さんお母さん。
こんな馬鹿な息子で。
「直人!」
突然、後方から名前を呼ぶ声がした。
予期しない第三者の登場に驚いたのか、一瞬緩んだ腕の中で何とか振り替えると、そこに立っていたのは名古屋にいる筈の伊織で。その後ろには伊織の知り合いらしき人も居て、驚いた顔をして自分と伊織を見比べていた。
「どうして……」
どうしてこんな所に伊織さんが……
「失礼ですが、うちの子にどういう関係で?」
伊織が男の腕を掴み、普段は穏やかな瞳を鋭く光らせて尋ねる。
黙り込む男に対し、伊織の腕を掴む力が強くなる。
「っ元々この子が言い寄って来たんだ。此方に咎められる謂われはない」
数秒の間睨み合いが続いた後、長身の伊織の迫力に気圧されたように、男が視線を反らせてそう吐き捨てた。
「未成年に言い寄られて誘われた時点でそちらにも非はありますよ。必要なら警察を呼びますが」
「チッ」
盛大に舌打ちをすると、男は乱暴な手つきで直人から手を離した。
同時に伊織が直人をしっかりと抱き止める。
「御主人様……」
心配そうになり行きを見守っていた少年がオズオズと男を呼ぶと、男は無言で車に乗った。
Blolololololololololololololo……
呆気に取られる暇もなく、けたたましいエンジン音と共に男は去って行った。
「はああああああああ」
伊織の大きなため息と共に、直人はやっと我に返る。
「……兎に角無事で良かった。取り敢えず、家へ帰ろう」
抱きしめられていた腕がほどかれ、伊織の顔を見上げるとパサリと上から布が落ちてきた。
「風邪引くといけないから」
見ると伊織が羽織っていた薄手のコートだった。
「ありがと……」
そのお礼が、コートに向けてなのか助けてくれた事に対してなのかは、自分でも分からない。
伊織はただクシャリと髪を撫でると、直人から視線を反らし福谷に話をしに行った。
「篠川先生、タクシー呼んだぞ」
「ありがとうございます」
「一応車のナンバーは確かめたけど、どうする?」
「必要になったら後で教えて頂けますか」
「わかった」
数分後到着したタクシーに三人で乗り込むと、そこからは重たい沈黙が続いた。
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