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帰宅

帰宅後、最初に口を開いたのは伊織だった。 「取り敢えずお風呂入っておいで」 内心直ぐに問い詰められるのではないかとビクビクしていた直人は、意外な言葉に少しホッとしながら脱衣場へ向かった。 暖かい湯船に浸かると、全身の筋肉がゆっくりと解れていくような心地がした。自分が思っている以上に体は緊張で固まっていたらしい。 ほう、と一息ついて、ぼんやりと今日の事を振り替える。 伊織はあの状況を見て、どう思ったのだろう。 援交をしているように見えたかもしれないし、質の悪い大人に絡まれていただけだと思われているかもしれない。 後者であって欲しいというのが率直な気持ちだけど、それだとあんな時間にあんな場所に1人で居た理由がつかない。 最悪、援交だと思われて失望されるのも良いかもしれない。 自分と斎藤の間には少なくとも金銭的な関係は無かったが、ゲイでSM趣味の変態だと思われるよりは、お金の為に安易な水商売に手を染めたと思われた方がまだマシな気がした。 失望される事に変わりは無いけれど、それがきっと、欲望に走った愚かな自分に下された罰なのだ。 叶わない恋でも、あんな事しなければ、この先もずっと仲の良い甥と叔父の関係でいられたのに。 大好きな伊織に、「なお君」と呼んで貰えたのに。 伊織に笑いかけて貰う資格など、自分にはもう無いのだ。 体が暖まっていく程に、心は反比例するように冷たくなっていった。 お風呂から上がり、自分なりの覚悟を決めてリビングへ行くと、伊織はソファで珍しく携帯を弄っていた。 「……お先です」 消えそうな声でそう言うと、伊織さんが今気付いたというように顔を上げた。 困ったような、気まずいような複雑な顔だった。 「髪の毛ちゃんと乾かした?」 「うん……」 「じゃあ、ちょっと話そうか」 此処に座って、と手で示されたのは伊織さんの向かい側ではなく、隣で。こんな状況でなければドキドキするシチュエーションなのに、今はドキドキというよりバクバクという心臓の音が聞こえてきそうなくらい緊張していた。 「失礼します…」 何故か敬語になってしまいながら、おずおずと隣に腰を降ろす。 「今日、直人と一緒にいた人の事なんだけど」 分かってはいたけど、本当にいきなり本題からで、ビクリと体が強ばる。 「この、メールの人だったの?」 「え……」 一瞬心臓が止まったかと思った。 伊織がポケットから取り出したのは、黒いカバーのついた携帯で。それは間違いなく自分の携帯だった。脱衣場に置きっぱぱなしにしていたのを取ったのだろうか。 そして、そこに表示されていたのは、斎藤さん宛てに書いた今朝のメール。 「携帯勝手に見ちゃったのはごめんね。でも、SNSでの未成年の犯罪が多いって聞いて、もし今日の事がそういう類いのモノだったら言い出しにくいと思って、見せて貰ったんだ」 「あ……」 他のメールも、見たのだろうか。 そこにリンクするサイトも。 それだったらもう、自分がゲイだと言う事も、マゾだと言う事もバレている事になる。 震える手で画面をスクロールすると、全てのメールを見られている事が分かった。 「う、そ……」 一番知られたくない人に知られてしまった。 直人は全身から血の気が引くのを感じた。

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