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「全部、読んだの?」 乾いた唇から、絞り出すように声を上げて問うと、伊織はコクンと頷いた。 無造作に置きっぱなしにして置いたのは自分。 「男が好きだなんて」 7010(ナオト)なんて安直な暗証番号をつけていたのも自分。 「痛くして欲しいだなんて」 メールを削除していなかったのも自分。 「軽蔑、したでしょ?」 何より、信用を失うような事を最初にしたのは自分。 「キモチワルイって、思ったでしょ?」 全部、ぜんぶ自分のせいで、自業自得なのは苦しい程に分かっている。 「だから、隠してたのに。一生懸命フツウでいようと頑張ってたのに……!なんで、なんでよりによって貴方がそれを、台無しにするんだよ」 伊織さんは何も悪くない。 それでも、口についたのはそんな言葉だった。 拉致されそうになった時にも出なかった涙が、静かに頬をつたった。 直人は八つ当たりをする幼子のように、震えて力の入らない拳でポカポカと伊織の膝を叩く。 伊織はただじっとその様子を見つめていた。 アナログ時計の秒針の音と、直人の小さな泣き声がリビングに響く。 ……どれくらい、時間が経ったのだろうか。 しゃっくりが落ち着くのを見計らって伊織が口を開いた。 「……あのね、僕は確かに直人の趣好を簡単に理解する事は出来ないし、この先も完全には理解出来ないと思うよ」 やっぱり、嫌悪しているんだ。 理解出来ないって、そういう事じゃないか。 少し赤くなった目を擦りながら、直人はそう思った。 どんなに優しく言われても、その言葉の刃はしっかりと胸に突き刺さり、ヒビを入れる。 好きな人の言葉というだけで、より深く、より正確に、心臓を抉るのだ。 その形の良く綺麗な色をした唇から、次はどんな言葉が紡ぎ出され、心に癒えない傷をつけるのか。 これ以上傷付きたくなくて、でもこの場から逃げることも耳を塞ぐことも出来なくて、直人はせめてもと視線を床へ落とした。 しかしそれは許されなかった。 伊織が頬を両手で包んで、無理矢理顔を上げさせたのだ。 大好きな人の、見たことも無いほど真剣な顔が目の前に迫った。 「目を見て。綺麗事にしか聞こえないかもしれないけど、僕の言葉じゃ直人の心には届かないかもしれないけれど、だからこそ尚更全身で聞いて欲しい。 ……それだけが直人の全てじゃないだろう?好きな事があってもそれを言い訳に学業を疎かにするような事は一度も無かったのも、叱られたいからといって悪い子を演じて平気な顔で親や僕を困らせる事は出来なかったのもまた、直人だろう? そんな直人だからこそ、ギリギリまで自分の欲望を我慢して、それでも抑えられなかった気持ちが爆発したのがこの結果じゃないのかい?」 「そんなの、買いかぶりだよ。俺は伊織さんが思ってるほど良い子じゃない……」 「良い子じゃなくてもいい。1人で抱え込んで、今回みたいな下手すれば命に関わるような危険な事を僕の預かり知らない所でやられるくらいなら、少しくらい特殊でも、直人がして欲しかった事を僕が聞いて、二人で分かち合えた方がずっと良い」 え……? 「『Discipline』だっけ。安全もプライバシーも保障されないSNSに書き込みをするなんて、もう絶対にしないで。見えない人を相手にするんじゃなくて、僕に先ずは言って欲しい。出来る限りは直人の願いを叶えられるよう努力するから」 「なに、言ってる、の……」 僕が聞くって、叶えられるよう努力するって… 伊織さんの言葉を上手く咀嚼できなくて、頭が混乱する。 どういう比喩表現? 僕の脳の翻訳機能だと、あり得ない事を伊織さんは喋ってる…… 困惑しているのが伝わったのか、伊織は少しだけ瞳に笑みを讃えて言った。 「そのままの意味だよ」 「……冗談、でしょ?」 「こんな状況で冗談なんか言うと思う?」 「でも、だって、、伊織さんは……」 「僕じゃ役不足?」 「いやっ、そんな事は絶対無い!」 役不足どころか、直人が妄想してきた役そのものが伊織だ。そんな思いが表面に出て来てつい否定してしまう。 それを聞いた伊織は、満足そうに頷いた。 「じゃあ決まりだね」

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