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(3)家賃が安いと壁も薄い

ベストオブモサ男こと茂竿はゆったりと喋る男だ。 「大家が変わるって聞いてましたけどあなただったんですね」 迷惑をかけたお礼にと出された茶菓子をつまみながら頷いた。 「大矢って言います」 「大家の大矢さん」 「大家の大矢です」 俺も人のこと言えた義理ではないか。 出されたジュースを飲みながらわりとさっきから気になっていたことを聞いて見ることにした。 「俺が言うのもおかしいと思うんですけど、どうしてこの部屋に住んでるんです?」 急坂とはいえ倒れるほど体力がない人だ。ここなんかよりも立地がいいところに有り余るくらいのアパートやマンションがある。 思い切って聞いた質問にもっさりした男は癖っ毛を揺らして答えてくれた。 少し恥ずかしそうに。 「ま、まぁこの下宿の家賃がすごく安いのが一番ですけど、その…うーん、えっと、ですねぇ、……ネタの宝庫というか」 「ネタ、ね、え?何て?」 最後の方をごにょごにょボソボソというので聞き取れなかった。なんて? 「あ、あ、あっと、そのご飯が美味しいって!あはは!」 ご飯。 そうかこの下宿、朝は希望者がいれば食事を提供するサービスがある。そういや爺さんの書き置きに付属してた運営方針メモにもあったな。 そうかそう言うこともやらなきゃいけないのかー。うーわ、すっかり忘れていたなぁ。 まあ。それはそれとして、茂竿になにか誤魔化された気がするのだが。 問い詰めてもいいが顔合わせ初日でグイグイ聞くのも失礼か? そう思案していると、 俺のモヤモヤを解決する答えの1つが自分から挙手しながら全力で走って来た。 「テメー、このクソメガネ!!!言いたいことがあんならはっきり言いやがれ、ウンコ野郎!!」 またもや玄関から、今度は騒音レベルの罵声が轟いた。

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