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〈2.〉たらしさん
「ほんと助かります」
「いいよいいよ」
布団を干し終わり、そのまま鱈師さんとは解散するかと思ったが間が悪く洗濯機が鳴った。
暇だから手伝うよ、と、今は2人で大量の洗濯物を干している。
「それに俺のためでもあるから」
「はあ」
「少しでも頼れる人アピールしておきたいからさ」
「なんでっすか」
「このままだと全裸の人でイメージ固まりそうだろ」
鋭い。だがすでに俺の中では全裸エンカウント兄さんで登録されている。
相当なインパクトがない限りこのイメージは払拭されないだろう。
「最初は新しく入ってきた子かと思ったけど、まさかの大家さんだったんだな。どう?慣れた?」
「元々家事とか好きなんで」
すごい2人だともう干し終わった。
空になったプラスチックの洗濯カゴを抱きかかえる。
青空に洗濯物はよく映えるし、風も気持ちいい。
「鱈師さんってこの下宿に住んで何年なんです?」
「そうだな。かれこれ…12年?」
「じゅうに」
「住みやすくて、気づいたら大学卒業してフラフラ歩いて…もう三十路さ」
微笑む鱈師さんの目元には小ジワがうっすらと浮かんでいる。
笑うと顔がクシャっとなるタイプの人か。でもその時以外はそんなに年を食ってるようには見えない。いっても4つしか変わらないけど。
「いっても壁薄いし、坂おおいし立地そこそこ悪いですよここ」
「それを君が言うのか」
はははとお互いで笑いあった。
なんだこのほのぼの空間。
こんな時間過ごすのは久しぶりだ。
「たしかに下宿前の坂とかきつい。全部が全部快適とは言えないけど」
少し強い風が吹く。
風はシュシュを地面に落とし、
鱈師さんの薄茶色い髪が顔を隠すようになびいた。
「ここは独りにならないから」
「成る程…?」
いやわからないけど、そういった鱈師さんは微笑んでいるがひどく疲れて見えたからわかったふりをしておいた。
「じゃあ、俺夜からの仕事があるから失礼するよ」
そういって中に戻る彼を見送った。
その後ろ姿はどこか引っかかって見えた。なにかが、足りないような。
しかし、ここの住人は癖はあっても裏は無いように思ってたが。もしかしてそう言うことも無いのだろうか。
しかしそうだったとしても俺は大家でカウンセラーではなし、むしろ個人スペースに踏み込みすぎないようにすべきだと思う。
洗濯して掃除して飯作って、電気水光熱費計算して。
それだけやってればいいだろう。
日が落ちてきて、風も冷たくなってきた。自分の部屋に戻ろう。
矢追荘の中に入るとちょうど階段から鱈師さんが駆け下りてくるところだった。
「あっ、大矢くん!ごめんあの、えっとアレ、アレ見なかった?あの…アレ!」
「えっえっ、アレ?」
「アレだよ、アレ…あのあれ!」
いや、どれぇ。
慌ててるのかど忘れしたのか、ものすごくあわあわしている。
しきりに髪をさして、あ、あぁ!
「シュシュ?」
「そっ!そうそれ!」
「あ、さっき庭で落としたんじゃ無いすか?」
「そっか、ありがとう!」
バタバタと裏口のドアまで走って行き、あぁこけた。
サンダルをちゃんと履かずに走り出すと転ぶ、危ない。
なんかあった違和感はシュシュか。
そういや落としてたな、そんな慌てて大事なものだろうか。
鱈師さんは男目からみても色っぽく見えて、接し方が分からなかったが、あそこまで盛大にずっこけたところをみると急に親近感がわく。
うん、やっぱなんも無いよこの下宿。
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