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【1】パーソナルスペース
矢追荘の大家になって早1ヶ月経とうとしていた。最初はどうなるもんかと不安があったものだが、住人達ともうまくやれてる気がするし、
警察沙汰になるトラブルも起こらず
概ね良好な生活を送っている。
今日は中学以来の悪友と飲みに来ている。しばらく会っていなかったのでお互いの身の上話を肴にしていた。
「つーこったあれか?お前まじで警察になったのか!」
「あたぼーよお前、この犬井ちゃんが嘘つくわけねーべよ」
向かいの席でレモンサワーばかり飲んでいる男が俺の悪友で今度めでたく警察官になった犬井だ。
同じ部活に入った時から事あるごとにつるんだり今みたいに飯いったり時には悪さもしたもんだ。
「ちゅうか、大矢が大家ってなんのギャグよ?そういうのって老後の余暇でやるもんかと思ってたんだけどー」
「うるせぇてめだって犬のお巡りさんだろうがワンワン鳴かせてやろうか」
「キャーエッチー」
「きっしょくわる!」
たまにはこういうハメを外す時間も必要だ。勿論、良識の範囲内で他人に迷惑をかけないように。
しばらく談笑しながら飲んでいたが「明日は早く行かないと」と犬井が言うのでお開きとなった。今日は犬井の祝いも兼ねていたから会計はまとめて払った。
ごちです!と態とらしく敬礼する犬井だったが成る程キレッキレの動きだ。
飲んでる時は実感湧かなかったが本当に警察になったんだな…こいつ。
昔っからなりたいなりたい言ってたし、本当にめでたい。
羨ましいくらいに。
「あ、大矢お前んとこの下宿に女っているか?」
「彼女が出来たことなんてねえよ」
「知ってる。じゃなくて住人で」
「いや男だけ。なんでだ?そっちに目覚めたのか」
「うるせえ、真面目な話だって」
犬井は周りを2、3見渡してから話を続けた。
「俺生活安全課に配属されんだけどさ
ここら辺でストーカー被害多発してんだよ」
「ストーカーぁ?」
「そ。髪長くて薄茶の女がターゲットにされやすくてな、ほらイヤホンしながら帰るやついるだろ?そういう人の後ろをつけていって自宅に着いたら…………ガオーっ!!てな」
「よっかかんな酔っぱら…重っ!」
飛びかかってきた犬井をいなして服の襟を直した。
しかしまあストーカーね。こんな民家や大学ぐらいしかないとこでも出るもんだな。
「最近じゃ過激派も増えて来てるからお前も気をつけろよ大矢。なんならお巡りさんが送ってってやろうか?」
「いらねーよ、犬のお巡りさんは
たよりねえって言うだろ?」
「職権乱用で逮捕してやろうか貴様」
じゃあな、と飲み屋の前で犬井とは別れた。あいつは明日も出勤、俺は在宅勤務みたいなもんだからな。時間にまだ融通がきく。
飲み足りないし二軒目寄ってから帰ろう、そう思いネオンがギラギラ輝いている通りに向かって歩き出した。
反対方向にもポテトサラダが美味い店があるが、今日はやめておこう。
あんな話聞いた後だと薄暗い方には行きたくない。
しかしまあ、ストーカー…ストーカーかぁ。大家としてなんか対策とか必要なもんか。住人は全員成人済みの男共だしそんな男くせえ部屋見たいやつ
居るか?
いたら相当な物好きだな。
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