25 / 36

【1】彼は必死だった

「大矢さんごちそうさまでした」 「ほんとあれで足りんの?毎朝毎朝思うけど心配なくらい少食だな」 「え?めっちゃ腹一杯ですよ」 「うそお」 店をでて下宿に向かって、たわいもない事を喋りながら歩いていた。 まだ繁華街を抜けていないので昼間のように明るい。 「…茂竿」 「はい?」 「ありがとな」 「え?」 「いろいろ聞いてくれて」 「えっ、えっ、な、えへへ、いや、こちらこそ…いつもお世話になってんで」 「なぁに赤くなってんだ」 「えへへへへ…いやだって急に… 恥ずかしいですよぉ」 かけている丸メガネを外ししきりにレンズを拭いて居るところがまた可愛げがあるように思えて来た。 弟がいたらこんな感じだろうか。 年齢的にもそんくらい離れてるしな。 「ぅえへへへへ…あ、あれ?」 「どうした?」 エヘエヘと笑っていた茂竿が急に細い路地の前で足を止めた。 「いやなんか…見知った顔を見たような気がして」 そう言って茂竿は丸メガネをかけ直して路地の奥を見ている。 「そりゃここ飲み屋集まってるし」 誰かいたところでおかしくは… 「いや向こうの通りはキャバクラとかホストクラブしか無いですよ」 何っ。 「大学生から女遊びだと?!けしからんどいつだ!」 「そういうグイグイ行っちゃうとこがダメじゃないんですかぁ?」 「お前が俺をいじろうとするなんていい度胸だな」 「ああああああああ頭はやめてぇ」 こめかみに親指をねじこんでやりながらも向こうの通りを見た。 見知った顔なんてどこに… 「げぇ混入」 「ゲェって」 だめだ昼のことが完全に俺のトラウマに刻まれている。 あいつの顔を見ると腹の底がゾワっと するようになってしまった。 向こうの通りに電柱に寄りかかって立っている混入。でかいので間違いないが…キャバクラとかで遊ぶやつには… あ、裏路地に入っていった。 なんというか… 「めちゃくちゃ気になる」 「いやいやいや」 「行くか」 「いやいやいや」 わかってる、こういう事を混入が嫌がるって事は。 大家と住人との境界はしっかりすべきだとは。だが今は好奇心が勝って… 「そっちじゃしつこいキャッチに捕まります。迂回しましょう」 「お前最高」 そう言って頼れる弟分に向かって拳を突き出した。 「え?」 「手」 「あっ!」 鈍いやつめ。 ゴチ、とお互い拳を合わせて笑顔を見せ合って、迂回ルートを回った。

ともだちにシェアしよう!