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【3.】混入は必死だった
繁華街を出て下宿に向かう。
昼間、ついあの大家に本音を言って
しまったので少々気まずい。
だが思ってた事だ。悪いとは思っていない。
「混入君」
「はい」
鱈師さんが俺を呼んでいる。
鱈師さんは本当に困った性格だ。
求められたいと強く願っているくせに
自分の手元に来ると急に興味を失ってしまう。
「混入君、どうしたんだい?」
「いえ」
「気になるなあ」
こうやって会話が続くようにするのも一苦労だ。興味を持ってもらうように考えなければならない。
だが、彼が俺を見てくれるだけで、それだけで多幸感でいっぱいになる。
自分でも必死で、単純だと思う。
それと同時に、俺は他人とのコミュニケーションが過度に苦手だとわかっている。だが、この人は別だ。
ずっと考えているから。
会話の先が予測できるほど思っているから、難なく会話を続けられる。
他の奴らはダメだ。
会話で何が飛び出して来るかわからないし答えを探し出すまで待ってくれない。少しでも返答を遅れたら「コミュ障」と決めつけて捨てていく。
鱈師さんのように待ってくれない。
鱈師さんは、ずっと待っててくれる。
つまっても、噛んでも、会話を止めても何も言わずに笑顔で待っていて
くれる。
俺を認めて尊重してくれる。
「鱈師さん」
「うん?」
振り返ってくれた。
街灯に照らされる優しい笑みをみると
胸がギュッと押さえつけられたように
苦しい。
好きです
その言葉を伝えたくてたまらないのに、伝えたら絶対良い答えが貰えるとわかっているのに。
関係が成立してしまったら、彼の俺への興味がなくなってしまう。
そういう人だ。
欲しいものを得るまでの過程が大事で
手元に残る事に興味がない。
ああ辛い。この微妙な関係をたもたないとダメだなんて。
複雑な人をどうしようもなく愛してしまった自分が恨めしい。
「なんだい、混入君」
「す…」
「好?」
「ストーカー、のことで」
「……うん」
ああくそ、言いたいことが解ってるっていうあなたに顔が憎たらしいほど
好きだ!
ストーカーの事だってそうだ、
この人がそんなものは居ないというのは鈍いわけでも心配をかけたくないというわけじゃない!自分のことを想って追いかけて来てくれる事を喜んでるだけだ。
ストーカーを野放しにするどころか、
自分でその種をまくところが余計
タチが悪い!
「そうだよ」
「…。」
「俺の事を思って追いかけてきてくれるなんて、本当に嬉しくて愛おしい…特に」
鱈師さんが近づいて来る。
複数の香水が混じった匂いが、する。
「追いかけてきて、隣に引っ越して来るような人とか、ね?」
「…。」
「服の数を覚えてるストーカーさん」
ほおを撫ででくれるこの手を掴み続ける為に。
自分の首を締めるとわかって居てもこの人が喜ぶならと思って行動してしまう。俺を頼ってきてくれたお人好しな大家も欺くくらい愛してしまっている。
俺は滑稽なくらい必死だった。
矢追荘の狭い部屋には、
俺みたいな奴らしかいない。
その事はあの大家は知らない。
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