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第2話

白壁の長方形の長い建物。 横に伸びたその建物を取り囲むように葉を多く茂らせた木々が立ち並び、 その間には様々な草花が咲き乱れる野原があった。 風はゆっくりと通り抜け、さらさらと草花を揺らし遠くへ駆けていく。 空は青く高く澄んでいた。 穏やかに流れる時間。暖かな空気。 もしも何も知らないまま、この場所で目を覚ましたら楽園か或いは天国と思うかもしれない。 だが、この木々の向こうには高いフェンスがあり あの建物の中では人間達が日々「研究」と称して様々な実験を行っている。 その詳しい実態は知らない。知る由も無い。 ただあの中に入らなければ、この小さな野原から出なければ、世界は穏やかで平和だ。 生い茂る小高い木の陰で 短く葉を伸ばす草の上に足を伸ばし、ニロは両手を天に突き上げるように伸びをした。 クリーム色の髪の毛が風に揺れ、位置は人と同じでもその形は似ても似つかない、 まるで犬のような三角形の耳が遠くの音をキャッチした。 「ニロ様!」 遠くから高い声が聞こえる。 ニロはそちらを向いたが、ぼんやりと白んで姿を捉えることが出来なかった。 やがて走っているような声が近くなり、視界の中からじわじわと白いワンピースが見えてくる。 更にそのワンピースと同じように白くて長い髪の毛が。 少女の姿がくっきりと見えた頃には、自分のすぐそばまで来て立ち止まっていた。 ニロは草の上に足を放置したまま彼女を見上げる。 はぁはぁと息を弾ませる少女は嬉しそうに微笑んだ。 頭の上には人ではあり得ない長さの白い毛に覆われた耳が生えていた。 「ニロ様、こんなところにいらっしゃったのね! 私探しちゃった」 少女は息を弾ませながら声をかけやがてニロの隣に腰を下ろす。 「....ミナは足が速いね」 のんびりとした口調でニロは感想を述べた。 ミナは、まぁ!と声を上げた。 「こんなに思いっきり走れる野原なんて初めてですもの。なんだか嬉しくって」 彼女は最近この施設にやってきた。 37番目の被検体。通称ミナ。 ウサギの遺伝子を色濃く受け継いだであろう可憐な容姿は野原の光景にとてもあっていて 何かの絵本の主人公のようだ。 「身体は大丈夫?」 「ええ、もうすっかり!ご飯をちゃんと食べてお薬を飲んでいたら元気になりました」 ここにきた当初はかなり衰弱した状態だったと聞く。 ここに来る前は、まともな扱いは受けていなかったのだろう。 ニロは物心ついた時からこの施設で育ったため外の世界をよく知っているわけではないが 動種が生きる世界が過酷なのは充分過ぎるほど知っていた。 「看護師さんも、ニロ様もお優しくて私は幸せです」 「俺?優しいかなぁ」 「お優しいですよ!少なくとも私が知っているものの中では.....」 ミナは口を尖らせて反論してきたが やがて言葉を詰まらせ俯いて、はにかむように笑った。 「それはそうとニロ様! ここのお花は枯れないと聞いたのですが本当なのですか?」 思い出したかのようにミナは急に弾んだ声を出す。 「あはは、さすがに花も生き物だから枯れてしまうよ。」 「えー!では私は騙されたのですね..」 「うーんまあ、枯れてもわかんないくらいいっぱい咲いてるけどね」 この野原は誰かが管理しているわけではない。 もちろん時々草刈りなどはしているようだが 草花は数々の植物が人の知らないところで勝手に混ざり合い進化を遂げ、 種類のない雑草じみたものになっている。 それはまあ大変に屈強で、一年を通して変わらない温暖な気候も手伝ってかこのような素晴らしい庭が出来ているのだ。 「この前も、『あの建物の壁は飴で出来ているから食べられる』なんて嘘をつかれたのですよ」 「もしかして舐めてみたの?」 「う...そんなはしたないこと.........ううう...」 ミナは目を泳がせて顔を真っ赤にした。 その様子がおかしくて久々に見た純粋な存在が微笑ましくニロは笑ってしまった。 「気の抜けた会話だね..」 ぽつりと鋭い声が降ってきた。 背後を振り返ると、木。 その枝の上に黒髪の少年が座りこちらを見下ろしていた。 片膝を立て片方は宙に浮いている。器用なものだと思う。 「ジザベル」 ニロは少年に笑いかけた。 彼はニコリともせずにするりと木の枝の上から、しなやかな動作で地面に降り立った。 身体は前を向いているが、 やや長い髪の毛からピンと飛び立った三角形の耳が片方折れてこちらに向く。 「時間、終わるよ」 ジザベルはこちらをちらりと見やって短く呟いた。 時間とは外出時間のことだ。 建物の外のこの野原にはいつでも出れるわけではない。時間が決まっているのだ。 うん、とニロが返すとジザベルは小さくため息のように息を吐いてさっさと行ってしまった。 その背中を暫く2人は黙って眺めていた。 黒くて細い尻尾がしなやかに揺れて、リボンのように綺麗だとニロは思った。 「......ジザベル様は、少し怖いです」 お喋りを中断していたミナがやや暗い声で言った。 「いつもはあんな感じだけどね、 本当はジザベルの方が、"優しい"よ」 「....そうなのですか...?」 「うん。そうだよ」 ニロはそう言って、伸ばしていた足をゆっくり曲げて 地面に手をつきながらゆっくりと立ち上がった。 ジザベルのとは違いふさふさの毛に覆われた尻尾から葉や土を払い落とす。 「俺たちも戻ろっか」 呆然とこちらを見上げていたミナを見下ろす。 そのぽかんと開いた口の真意はわからなかったが ぬいぐるみみたいでおかしくて、ニロはまた笑った。

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