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第7話
狭い空。狭い世界。飽きもせずに回り続ける針。
繰り返す時間。平穏という名の死なないだけの毎日。
何かが何処かが崩れ落ちて、とうに壊れてしまっているはずなのに。
太陽の陽射しを受け、風が騒ぎ、草花が揺れる。
それをただぼーっと眺める。その繰り返し。
そういう生き方しか知らないのだから、仕方がないといえば仕方がない。
それなのにどうして、『死ぬのが怖い?』
「あの..ジザベル様..」
不意に声が聞こえジザベルは暫くその声を頭の中で響かせて
やがてゆっくりとその声がした方をみた。
そこでようやく自分がいつもの木の上にいた事を思い出す。
白髪の少女が長い耳をぺたんと折り曲げて不安げにこちらを見上げている。
「....何か言った?」
ジザベルが抑揚のない声で呟くとミナは、泣きそうな顔になり俯いてしまった。
面倒臭いと思ってしまったが、ジザベルは深い溜息を零しするりと木から降りた。
「なんで『様』?」
ミナの近くに腰を下ろし、立てた片膝を抱え白い建物に顔を向けた。
「それは...目上の方にはそう呼べと教わったのです」
「僕って目上なの?」
「え..だって歳も上ですし、背だって私より高いですし...」
ミナは考えながら言っているようだった。
こんな場所で被検体同士で目上も何もないだろう。
少しおかしくなってジザベルは時間差で吹き出してしまった。
「別に、誰も気にしないと思うけど」
ジザベルはそう言い、ミナを見上げた。
ワンピースを掴んで突っ立っているミナが驚いたような顔をしていた。
「どうかした?」
「い、いえ...!なんでもないです..!」
ミナは首をぶんぶんと横に振り、恐る恐るジザベルの隣に腰を下ろした。
ミナはジザベルが笑った事に驚いていたのだったが、それを言うと失礼だと思い耳をピンと立てる。
「...ここに来る前は...私が一番下だったので、
人間も勿論動種の中でも下っ端だったのです。
だから、皆さんのお言いつけや命令を聞いていました。
ここの方達は対等に接して下さってるみたいで..嬉しいです」
ミナは草花を撫でながら目を細めた。
主にニロの事だろうと思いながら、ジザベルは片耳だけをそちらに向け黙って聞いていた。
「私は動種を売買することを生業とした人間の所で暮らしていたのです。
私の両親は動種を生産するだけの存在でしたから
産んでしまった後は無関心でした。
優しくないとかそういう訳じゃなくて、
なんだか脱け殻みたいだった...」
動種の特徴として、動種同士でしか子どもを作ることができないというものがある。
故に今は動種は希少であり、故意に作られている事の方が多い。
動種を飼い、増やし、売っている者がいる事は知っていたがその実態は酷いものであろう。
恐らく彼女はそういった業者の手から買われたのだ。
「だからなんだか親だって思えなくて、ああはなりたくないなぁってずっと思っていたのです。
私....悪い子ですよね...」
「いや....」
ジザベルはそれ以上何も言えなかった。
自分もここに来る前はそういった場所にいて、
あんな風になってたまるかと毎日のように思っていた。
誰かを恨んだり憎んだり畏怖の感情で接したり。
そんな事を繰り返す日々は地獄と呼ぶに相応しい。
「...ここでは心の底から笑えます。
ここに来て本当に良かったって思います。
ニロ様や、ジザベル様に会えたから...」
ミナははにかみながらそう言った。
「....そっか。」
確かにここは、今この時間は誰も恨まず恐れず平等に振る舞える。
よかった....しかし、本当にそうなのだろうか。
彼女がどんな実験に使われるかは知らないが、
この綺麗な心が壊れていくのを見なければいけない事を思うと
最初から話なんかしなければ良かったという気持ちになる。
だがもう終わったことだ。
ジザベルは諦めてなるべく優しい微笑みを浮かべてやった。
「ミナは絵に描いたようないい子だね」
そう言いながら彼女の白い頭をポンポンと雑に撫でた。
「ふぇぁ...!?」
ミナは力の抜ける声をあげ驚いたようにピンと背筋と耳を伸ばした。
それにびっくりしてジザベルは撫でていた手を引っ込める。
やがて彼女は真っ赤にした顔を両手で覆いこちらに背を向けた。
「なんかごめん。僕間違ったかな...」
「いっいいえいいえ!大丈夫です!」
「....そう?」
訳が分からず呟くジザベルにミナは必死で首を横に振った。
ジザベルはその後ろ姿にくすくすと笑ってしまった。
「.....ジザベル様は笑った方が素敵です」
ぽつりとミナが呟く。
ジザベルは彼女がもう二度とこちらを向かないままだと嫌なので聞こえていないフリをした。
「そういえば、僕に何か用があったんじゃないの?」
「ああっそうでした!」
ミナは勢いよくこちらを振り返った。
「ニロ様に、ジザベル様はお花を冠にすることが得意だと聞いたのです」
彼女は大きな目をキラキラと輝かせ、懇願するように胸の上で手を組んだ。
「...ああ、花を編んで作るアレね。ニロも作れるはずだけど」
茎の長い草花を編んで輪っかにするだけの遊びだ。
教えろ、または作ってやれということなのだろうが面倒臭いことこの上なかった。
「ニロ様は『俺は不器用だからジザベルに教えてもらって』と....」
「まぁ確かにニロよりは断然僕の方が上手だと思うけど....」
ニロの不器用さは他の追随を許さぬ程だ。
ジザベルは、はぁ、とため息を零して近くに生えていた茎の長い花を取った。
「こういうのを集めておいで」
そう言いながら差し出すと、彼女は長い耳をピンと立てて満面の笑みを浮かべた。
「ハイ!」
ミナはすかさず立ち上がってどこまで取りに行く気なのか走って行ってしまった。
そんな後ろ姿を見送った後、やれやれと手に持ったままの草花を指先で弄ぶ。
狭い空。狭い世界。飽きもせずに回り続ける針。
繰り返す時間。平穏という名の死なないだけの毎日。
何かが何処かが崩れ落ちて、とうに壊れてしまっているはずなのに。
それなのにどうして。
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