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第16話
ジザベルの言葉が頭の中で響いている。
『僕に構わないで』。
そんなことを言われたのは初めてだった。
今までたくさんの悲しいことや辛いことがあった。
具体的に何がどうと話したことはなかったが
それでも悲しみを共有して、一緒に過ごして乗り越えてきた。
キスをして、抱き合って、お互いの体温に触れて忘れられることの方が多かった。
それなのに。
ニロは手に持っていたフォークをテーブルの上に落とした。
「ニロ様...?大丈夫ですか?」
隣にいたミナが不安げにこちらを見上げ、落ちたフォークを拾う。
食堂でミナと食事をとっていたことを思い出し
差し出されたものを受け取った。
「うん...ごめん、考え事してた」
ニロは無理矢理に微笑んでフォークを握りしめたままほとんど手つかずの皿を見下ろした。
嫌になってしまったのだろうか。
そんなことを考えて苦笑した。
ならないわけがない。こんな世界で、何もかも嫌にならない方がおかしい。
仮初めの愛で、縋るしかなくて、心の隙間を埋めるみたいに互いに体温を求めて。
それが本物だと証明できる術を持ち合わせてはいない。
自分たちはまだ子どもで、それ以前に人間ではない。
自由な動物でもない。
ただの実験体だ。
「ニロ様食べないなら貰っちゃいますよ?」
ミナが気を使って機嫌の良さそうな声を出した。
そちらを見ると意地悪そうな表情を作ってミナがフォークで狙いを定めるようにニロの皿の上を見ていた。
ニロの気持ちはひどく荒んでいて、綺麗な心を欲していた。
「うん....どうぞ」
だが、胸の中の頭の中もジザベルでいっぱいだった。
張り裂けそうなくらいいっぱいで、どうしたらいいのかわからないのだ。
ニロは皿を少女の前に差し出した。
「もう!
しっかり食べないと行けませんよ?ニロさ....」
ニロの皿の上からニンジンを取ろうとしたミナが不意にフォークを落とし、両手で口元を押さえテーブルに突っ伏した。
「え?」
一瞬何が起こったのかわからなかった。
ミナはテーブルに突っ伏し、肩を小刻みに震わせている。
やがてふらふらと立ち上がり、水道へ向かい吐いているようだった。
「...ミナ!?」
ことの重大さにようやく気付きミナに駆け寄る。
浅く呼吸を繰り返すミナ。
「大丈夫です...ちょっと気分が...」
ミナはこちらを見て、力なく笑い
またすぐに顔色を変えて吐き始める。
どうしたらいいかわからずニロは彼女の背中をさすった。
「.....僕のせいだ」
後ろから声が聞こえニロはそちらをみた。
食堂の入り口に青い顔をしたジザベルが立っていた。
「ジザベル..?」
ニロが呼ぶとジザベルは踵を返して逃げるように走り去ってしまった。
追いかけたかったがミナを放ってはおけない。
歯痒さに舌打ちしたくなりながら、ニロは彼女の背中をさすり続けた。
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