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第18話
ニロは走った。
足が悲鳴をあげても、心臓が爆発しそうになっても、ひたすら、ジザベルの部屋まで。
景色が猛スピードで後方へ流れていく。
駆けつけて一体何を言うつもりなのか、何をしようというのか。
何が出来るというのか。
分かるはずもなかった、だが会わなくてはいけなかった。
会って、抱きしめて。
「...ジザベル!」
ドアを勢いよく開け、叫んだ。
珍しく床ではなくベッドに座っていたジザベルが少し驚いたようにこちらを見る。
ニロは駆け寄って彼を抱きしめた。
「....どう、したの...」
ジザベルは戸惑いながら呟いた。
強く抱きしめられ苦しいらしい。
「どうしたのじゃないよ、ジザベル、なんで俺に...」
言ってくれなかったの?、と続けることができなかった。
彼はどんな気持ちだったのだろう。想像もできない。
ニロはそっと身体を離した。
「......そっか、聞いたんだ」
ジザベルは複雑な表情でニロから目を反らすように俯いた。
「軽蔑したよね」
「そんなわけないだろ!」
即座に否定をしてニロはジザベルの手を取った。
冷たくて、消えてしまいそうだった。
「...ミナが言ってくれたんだ、ジザベルのところに行ってあげてって」
ニロの言葉にジザベルは目を丸くしてこちらを見た。
ジザベルは悪くない。誰が悪いわけでも無いのだ。
そう伝えたかったのに、何かを訴えるようにまっすぐ見つめられニロは何も言えなかった。
2人はしばらく見つめ合って
その不安げな黒い瞳に吸い込まれて、先に涙を流したのはニロだった。
「.........っ...ごめん、」
何もしてやれなくて、その不安も悲しみも痛みも、何も取り除いであげられなくて。
肝心な時にそばにも居なかった。
2人でいられればそれだけでいいだなんてとんだわがままだ。
「ごめんね...ジザベル....」
ニロはただひたすらに謝ることしか出来なかった。
どんな言葉をかけても稚拙で、下手くそで腹が立つに違いない。
誰も悪くないのだ、そんなことはわかってる。
「ニロ...僕のこと汚いって思う..?」
ぼんやりしていたジザベルが握られた手を見ながら呟いた。
「っ...思わないよ」
ニロは首を振った。
「僕のこと、まだ、好きでいてくれてる..?」
「好きだよ、ずっと好きだよ、ジザベル」
ジザベルの冷たい頬に触れて、壊れそうな彼をどうしたら傷付けずにいられるだろうと思った。
深い絶望に染まった黒い瞳は本当は自分など写していないかもしれない。
それでも良かった。側に居たかった。
「ニロ」
「なに?」
「キスして」
「うん」
ニロは彼のカサついた唇に、涙で濡れた唇を重ねた。
じんわりと熱が伝わってくる。
「愛してる」
僕たちはまだ子どもで、それ以前に人間ではない。
自由な動物でもない。
だからどこにも、行けないのだ。
それでも悲しみを乗り越えて生きていかなくてはならない。
本当にそう?誰が決めたの?
死ぬのは怖くない。
僕は人間のせいで、そんな身体になったというのに。
今この瞬間が、過去になって色褪せる前に
1秒でも早くこの景色を抱えたまま止まってしまいたいのに。
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