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第21話
ミナは自室に引きこもり、ニロは目が見えなくなった。
世界は平行線ではない。
時計の針は同じところを回っても、僕たちは違う。
いつまでも変わらなければ幸せなのに。
何も望んでなどいないのに。
同じ時間には二度と戻れない。
僕の身体は箍が外れた。
止まらない時の中に沈みたくて、もがくような日々だ。
「ジザベル」
椅子に座ったままジザベルはただじっと正面を見据えていた。
顎を掴まれ無理やり上を向かされるがその目は何も捉えなかった。
「ジザベル...死ぬのは怖いかい?」
何度も重ねられた質問も、もう何も感じなくなった。
ジザベルは瞬きをして、顎を掴む研究員の男を見上げた。
「怖くないです」
眼鏡の向こうの目は自分を見ていた。
興奮しているのか息が荒い。
「じゃあ、死にたい...かい?」
男は顔を近付けてくる。
ジザベルは表情を一切変えることなく男の目を見つめる。
「.....はい」
切り取られた時間の中に身を置き続ける事が死ぬこと、であるならば。
変わっていき、愛しいものが欠落していく。
大事なものが壊れていく。そんなものを成長や進歩と呼ぶくらいなら
いっそ止まった方がマシだった。
「...ッッ素晴らしい!君は最高だよジザベル..!」
男は身震いをして喜んだ。
ジザベルには意味がわからなかったし、分かりたくもなかった。
「ジザベル良い子だ..君は本当に良い子だ。
そのご褒美をあげよう...!少し待ってるんだ」
ジザベルから手を離すと男はいそいそと部屋を出て行った。
1人残された部屋は、シーンとしていた。
時計の針の音もここには存在していない。
ジザベルは酷く疲れていた。
早く眠ってしまいたい。そんな気持ちでいっぱいだ。
やがてドアが開き研究員が戻ってきた。
そちらを見、思わず椅子から立ち上がる。
「.....え?」
思わず声がこぼれた。
研究員に手を引かれ、クリーム色の大きな耳を生やした少年が立っていた。
瞳は光を失い、暗く沈んでいた。
「....ジザ、ベル..?」
少年は不安げに名前を呼んだ。
"あの時"の光景がフラッシュバックする。
白いベッド、鎖。ーー嘲笑。
人間は、酷い、生き物だと。
思った。
「さあ、ジザベル、プレゼントだ」
男はジザベルに近付き、何かを差し出した。
かたんと首を落としてそれを見下ろす。
銀色に光る美しいナイフだった。
怯えた顔の自分が写っていた。
「生きているのは"辛くて悲しい"、そうだろ?
さあ、お友達を"解放"してあげるんだ」
辛くて悲しい、解放。
頭の中で言葉が意味をなさずに回っている。
ジザベルは無意識にナイフを手に取っていた。
平穏な時は段々色褪せていく。
初めてニロに会った時の事も、笑いあった事も、野原でじゃれあった事も、泣きながら、キスをした事も。
全ては1秒後から急速に色褪せ始める。
いつまでもそこに留まっていたいのに。
その温度に包まれていたいのに、"ニロさえいればいいのに"。
綺麗な世界が思い出になる前に。
「....ニロが忘れてしまう前に...」
ジザベルはドアの前で立ち竦んでいるニロを見た。
彼の中で僕がまだ"綺麗"な内に。
頭の中で声が響いた。
「.....その前に.....殺す」
ナイフを構えた。
男が歓喜の声を零し始める。その声も最早聞こえてはいなかった。
自分の呼吸が耳に張り付き、ジザベルはニロにゆっくりゆっくりと近付いて行った。
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