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第24話

ジザベルは人形のように動かなくなった。 瞼は硬く閉じられ、長い睫毛が風に揺れた。 血の気が引いて真っ白な肌は作り物のように生きている心地がしない。 野原は火の粉が降り注ぎ、かつての野原とは別世界のようだ。草の焼ける匂いがした。 「ジザベル...愛してるよ..ずっとずっと」 ニロはジザベルを抱き締めて、ゆっくりと木の麓に横たえた。 いつもジザベルが登っていた木。 ニロは登ったことはない。どんな景色が見えていたのだろう。想像も出来ない。 こういう時に限って、何故だか涙は出ない。 だんだん暗くなってくる視界の中、ジザベルの綺麗な顔がはっきりと見えていた。 「ジザベル様は..どうして起きないのですか」 ミナが震える声で呟いた。 ジザベルの冷たい頬を撫で、ニロは立ち上がる。 「大事なの?」 煤けたワンピースを見つめながら、ニロは呟いた。 ミナはお腹をさすりながら苦笑した。 「わからない...でも、誰かを殺したいと思ったことは無いんです」 建物は燃え盛り、熱風が頬を撫でた。 言動が結び付いていない。それもそうだ。 俺たちはまだ子どもで、人間ですらなくて。 「飴で出来ているから、溶けちゃうんだわ」 建物を見つめながらミナが呟いた。 「....来て」 ニロは彼女の手を掴み、建物と反対の方向に向かって歩き出した。 フェンスを越えればここから逃げられるかもしれない。 木々が植えられている森にはまだ火の手は回っていなかった。 森の端には高いフェンスが張り巡らされている。 「登れる?」 ニロは上を見上げながら聞いた。 「....私は、平気です」 ミナはフェンスを掴み、足をかけた。 どうせ逃げられるような状態じゃない事を分かって作られたのだろう その気になれば越えられそうだ。 その先に待つ世界が果たしてここよりもいい世界なのかというとそれはわからない。 食事がまともに取れて屋根のある場所で眠れるだけまだこちらの方が幸せなのかもしれない。 だが今は火の海だ。 「..ニロ様も一緒ですよね」 少し登ったところでミナが振り返った。 ニロは苦笑した。 「俺はこんな足だし..あと多分、 そろそろ見えなくなると思うから」 さっきから視界がだんだんぼやけて暗くなってきていた。 ミナは泣きそうな顔になる。 「嫌です、一緒に行きましょう..!」 ニロはミナに近付き、 いつもより少し高い位置にいる彼女の顔を見上げた。 「ミナは1人じゃないよ。大事なんでしょう」 彼女のお腹に手を伸ばそうとしたが その前にミナはフェンスから手を離しこちらに抱き付いてきた。 肩を震わせて泣いているようだった。 「そうなんでしょうか...っ、私、ずっといやだった.. 絶対子どもなんか産まないって思ってた.. でも殺すって、その子どもは実験のため 産まれさせないって言われた時、 頭が真っ白になって、涙が止まらなくて」 ニロは彼女の頭を優しく撫でた。 彼女は自分の綺麗な心を守るためにこの白壁の世界を壊したのだ。 もしかしたらジザベルがそうさせたのかもしれない。 「ミナならきっと大丈夫だよ、俺とジザベルの分も世界を見てきて。 きっと綺麗なものがいっぱいあるよ」 気休めかもしれないがそう願ってやまなかった。 ミナの手を強く握る。 細い手は、暖かく、熱いほどだった。 「....お二人のこと私絶対忘れませんから」 呪うようにミナはそういい、手を握り返した。

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