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終業式が終わり、家に帰れば夏休みが始まるというのに、僕は学校に居座っていた。もう、ここに住んでしまいたいと考えている。帰っても何もいいことなんて無いから。 生徒を解放した校舎を、僕は寂しそうだと感じた。淡い親近感がわく。 そんなことを考えながら、足音が大袈裟に響く渡り廊下を早足で通り抜ける。そして重いドアを開け、一番好きな部屋に入る。図書室だ。 この学校の多くの生徒は、図書室を利用しない。いつもガランとしている。そのせいか、一昔前の本しか棚に並んでいないが、それでも僕は好きだった。需要がないから、供給がない。当たり前だが、もう少し夢があってもいい気がする。 「やっぱり落ち着くな」 インクの匂いをたっぷり含んだ空気を吸う。僕を威圧するように囲む本棚を見上げる。 せっかくの休みだから、普段は読む時間が取りにくいハードカバーの本に挑戦しよう。そんな予定を頭に浮かべ、物色した。 背表紙を指でなぞる。そんな探検じみた動作を、僕はピタリとやめた。部屋の奥から聞き慣れない音がしたからだ。 地響きや工事の音にしては小さいが、ケータイのバイブにしては大きすぎる、そんな奇妙な雑音。それがイビキだと気づいたのは、音の発生源を見つけた時だった。 腰の高さ程しかない、低く、横に長い本棚の上にソイツはいた。本来、人間が寝そべる場所じゃないというのに、彼は熟睡していた。 そこはソファやベッドじゃないぞ、おい。…とでも声を掛けてやろうかと思ったが、一瞬怖気づいてしまった。 棚の上で寝ていた彼が、まるで不良学生のような見た目だったからだ。金に近い色の茶髪に、片方の耳に付けられた数多くのピアス。…さっき廊下で見たアイツじゃないか。 もしかしたら、コイツは本当に不良かもしれない。そう思えてしまうほどに、この学校は荒れていたのだ。市内一のバカ高校。そこに通っている自分。 この事実を思い出すたびに、消え失せたくなる。 ─嫌なこと思い出させやがって、この野郎。 一瞬でもビビってしまった自分と、図書室で爆睡してる彼に腹を立てた僕は、自分でも驚くような行動をした。 「おい、起きろよ。ここは寝るとこじゃないぞ」 固く閉ざされた分厚いカーテンを開けながら、大声で言った。 イビキがやんだ。 ♢♢♢ 図書室に入り込んだ風が、開かれたカーテンを揺らす。それと同時に彼の髪もフワリと動く。 「……なんだよ」 彼はそう呟きながら、眉間にシワを寄せ、瞼をこする。寝起きが悪いタイプだのだろうか。ボンヤリとした表情で僕を見上げた。 「俺、寝てたんだけど」 「ここは寝る所じゃないんだけど、な」 僕は口調を真似て答えた。毅然とした態度を心がけながら。 「あー…、もしかして図書委員の人?ごめんごめん。すぐにどく」 予想に反して彼は素直に本棚から降り、部屋から出て行った。扉が閉まったと同時に、僕はその場にへたり込んでしまった。心臓が激しく振動し、息が苦しくなる。 自分で思っていたよりも、緊張していたようだった。これでは「毅然とした態度」というよりも「虚勢を張った」と表現した方が適切かもしれない。 床に座っていると、いつもより本棚が大きく感じる。自分以外、誰もいない図書室にカーテンがはためく音だけが響く。 僕は揺れるカーテンを眺めながら、明日から始まる夏休みについて考えていた。もう読もうとしていた本のタイトルを、すっかり忘れていた。

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