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いつもと同じ時間に目を覚ました。まだ身体が夏休みに適応していないようだった。 自宅にいてもいいことなんて一つも無い。身支度をさっさと済ませて外出する。 行くあても無いので何も考えずに歩いていると、僕はいつの間にか学校の前にいた。 フェンスの向こうには広々としたプールがある。底を青いペンキで塗っているので、プールの水は南国の海のような色をしていた。夏の日差しを受けた水面は白く輝いている。 白い光の中で、肌を小麦色に焼いた水泳部の生徒が泳いでいた。全身の筋肉を動かし、前に進もうとしている。彼らは苦しそうだが、楽しそうだ。皆、生き生きとした表情で泳いでる。 その様子を見て、僕は昔水族館で見たイルカを思い出した。水中を飛ぶように泳ぐイルカは自由そのものだった。とはいえ、狭い水槽の中で暮らしているイルカは自由とは無縁だろうが。 しばらく彼らを眺めていると、ふと頭に浮かんだ。そういえば昨日、本を借りそびれた、と。 僕は図書室に向かった。プールから離れると、水飛沫の音は聞こえなくなった。 ♢♢♢ 「あっ」 私語厳禁の図書室に僕の間抜けな声が響く。慌てて口を押さえ、跳ね上がった心拍数を元に戻そうと平然を装った。目の前にいる彼に、動揺を悟られないように。 あの彼がいたのだ。昨日、本棚の上で眠っていた彼が、今日はキチンと椅子に座って本を読んでいる。 僕の声に気付いた彼は横目で僕を見ると、ニヤリと口元を緩ませた。何だか恥ずかしくなってしまった僕は、急ぎ足で本棚の方へ向かった。彼の視線から逃れたかったのだ。 昨日借りる予定だった本のタイトルを思い出そうと、頭を働かせる。しかし上手くいかない。 本の題名を思い出そうとすると、別の記憶が脳内を覆うのだ。彼の微笑がグルグルと頭の中を回る。あの笑いは、一体何なのか。 人を馬鹿にする時の薄笑いとは違った、あの表情。どんな意味を持つのか見当もつかなかった。 借りたかった本と、彼が浮かべた謎の微笑。二つとも解決出来ないまま、僕は机に向かった。幅の広い、大きな机の利用者は、僕と彼しかいない。僕は彼から一番離れたところに座った。 二つの疑問を、僕が本棚の裏にいた間に解決したかった。 本を開き文章を目で追っても、内容が入ってこない。物語に入り込めない。これだから解決出来ない疑問は持ちたくないんだ。 分厚い翻訳小説をパタンと閉じた。仮に集中して読めても内容が飲み込みにくいのに、こんな状態じゃ無理だ。 メガネをかけ直し、図書室内を目だけで見回す。視界の端に、彼の姿を捉えた。僕とは違って、集中して読書に勤しんでいる。その様子を見ていると、廊下で教師に怒られていた時に、不貞腐れたような表情を浮かべていた奴と、同一人物だとは思えない。 「あっ」 二度目の間抜けな声は、心の中で収まった。二つのうち、一つ目の疑問は解消された。 何故なら、僕が借りようとしていた本を、あの彼が読んでいたからだ。 自分とは正反対のタイプだと思っていた人間に、思わぬ共通点を見つけた。心拍数がわずかに上がる。

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