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家に居たくないから、夏休み中だというのに学校にいる。こうして毎日律儀に登校していると、今が本当に夏休みなのかと疑問に思う。
この高校が、ほぼ毎日図書室を開放していることがありがたい。
それでも閉館時間はやってくる。五時になると、見回りの先生が施錠しにやって来るのでそれまでに部屋を後にする。本から目を離し、薄暗くなった図書室を見回すと、もう彼の姿はなかった。
僕は本を元にあった場所に戻し、荷物を持って部屋を出た。スムーズな退室。似たような生活を二週間も続けていると、慣れて来る。
そのまま家に帰らず、歩いて駅に向かう。この時間帯の駅は混雑していた。出る人間と入る人間が同じくらいいる。僕は電車に乗った。自宅のある街から少し離れた場所に行くためだ。
♢♢♢
高校と家がある最寄駅から三駅離れた、中途半端に栄えた地方都市に降りた。人々が忙しそうに歩き回る駅前広場に到着した頃には、もう空は暗くなっていた。
大きな噴水の前に腰を下ろし、荷物を地べたに置く。冷たいコンクリートが尻の温度を奪う。
僕はさっきまで背負っていたケースを開き、中からギターを取り出した。表面に多くの細かい傷が刻まれたアコースティックギターだ。
弦を弾き、音を調節していると、自分に視線が集まっていくのが分かった。僕はメガネを外した。視界がぼやけ、手元しか見えなくなる。
夏休みが始まってから今日まで、ほぼ毎日路上で弾き語りをしている。少し前に流行った曲や好きな曲を弾きながら歌っていると、あの日のことを忘れられるような気がするのだ。あのラストライブが終わってから、僕は一度もエレキギターに触れられていない。もう誰とも演奏出来ないと思うと、指が動かなくなるのだ。
今日はどの曲にしようか。
そんなことを考えながら中学生の頃から少しずつ増やしてきたレパートリーの中から選択する。
蒸し暑い夕方にピッタリな恋愛ソングにしよう。そう決めたときには、もう既に指が動いていた。
人気曲を弾くと自分の周りに小さな人だかりが出来る。その中心にいる間だけは、動かなくなってしまう指のことを忘れられた。
しかしそんな幸せな空間は脆い。少し調子に乗った僕が"あれ"を弾いた途端、客は引き波の様にサッと人混みに戻る。
やっぱりダメか、通用しない。誰にも聞こえないように口の中で舌打ちをした。
バンドのメンバーは自分たちが有名になる為だけに、あれを演奏した。表向きには「いいね」と褒めてはくれたが、そうは思っていないことは一目瞭然だった。興味無さげな顔で楽譜を眺めるメンバーを見て、僕は不安に襲われたが、それを振り切るようにして人前で演奏した。
最初は自信を持って表に出せた。大好きだった。世界一とは言わないが、自分以外にこれを「好きだ」と思ってくれる人がいるとおもってた。
しかし、誰も見てくれない路上ライブで演奏するたびにそれらの気持ちは失せていった。僕らを横目で見て、薄ら笑いを浮かべる歩行者を見るたびに、自信が砕け散るのだ。
自分が好きな要素を詰め込めるだけ詰め込んだ、世界で一つだけのCD。自分の手でこの世に生み出した音楽に対して、僕は最後まで責任をもって向かい合えなかった。
半ば押し付けるように、唯一認めてくれた友人に渡したのだ。褒めてくれたのは矢沢だけだった。
生みの親に見放された哀れな楽曲。
久しぶりに歌ってみたものの、出来は最悪だった。声は裏返るし、指は攣りそうになる。こんなんじゃ、客が居なくなるのも当たり前だ。
演奏を中断して、周りを眺める。僕を見ている人なんて誰もいなかった。…彼以外は。
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