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「もしかして昨日、広場にいたか?」 「昨日だけじゃなくて、ほぼ毎日あそこにいた。…岐田さんのこと見てた」 瑞木の言葉を聞いた瞬間、脳に電撃が走ったような感覚に陥った。全ての疑問が解消された。 僕がメガネを外していたせいで、顔を確認できなかった人物が目の前にいるのだ。 「そうだったのか。ずっと、見てたんだな」 「話しかけるタイミングが掴めなくて…。キモかったよな。ごめん」 「そんなこと、ない」 顔を伏せてしまった瑞木にぐっと近づいた。彼の顔が何故か、また赤くなる。 「むしろお礼を言いたい。…ありがとう」 「どうしてだ?俺、ストーカーみたいだったろ。今日だって一人で勝手にパニクってるし…。側から見たら俺、ヤバイやつだ」 「そんなこと言うなよ。たしかに、泣いてるとこ見られたのは恥ずかしかったけど。でもな、いつも同じ人が演奏聞いてくれたことが嬉しかったんだ。心強かった」 「本当か?よかった…」 瑞木はそう言うや否や、その場にへたり込んだ。そして彼は口を開き、ポツリポツリと話し始めた。 ♢♢♢ 彼の話によると、僕の路上ライブを見たのは偶然だったらしい。夏休み最初のバイトを終えた後、何となく駅前で座っていると見覚えのある奴が、突然ギターを演奏し始めたから驚いたそうだ。 「夏休み前日のことを覚えてる?俺はあの日から岐田さんのことを忘れられなかった」 「あの時は、ごめん。乱暴な起こし方して」 瑞木は笑いながら、首を振った。気にしてない、という意思表示だ。そして話を続ける。 「俺、あまり音楽聴かないけど、知ってる曲ばかりだったから思わず立ち止まった。しかも、それをあの岐田さんが弾いてたからじっと見ちゃった。学校と全然雰囲気違うな、って」 「わざと変えてるんだよ」 何で?と質問されたが、聞こえないふりをした。そして瑞木に話の続きを促す。 「…毎日見てた理由はそれだけじゃない。知ってる曲の中に、たまに知らない曲が混じるのが、なんか好きだった。かなり俺好みのイカした曲なのに、知らないんだ。それが不思議でさ」 「…それ、本当か?」 「嘘言うわけないじゃん。すっげえカッコいいのに、俺以外誰も立ち止まらなかったから、驚き通り越して怒りそうになった。みんなも聴けよ!ってさ」 メガネをかけているはずなのに、視界が滲んだ。目の前にいる瑞木の顔が見えなくなる。 「岐田さん、泣かないで。…大丈夫?」 「あー、平気だ。気にすんな。すぐ止むから」 瑞木が跳ねるように、立ち上がる。耳のピアスが小さな音を立てた。泣いてしまった僕よりも悲痛な表情を浮かべている。 「何で岐田さんが泣いてるか分からないけど、 泣いて欲しくないな。俺まで涙が出そうになる。どうしてだろ」 「僕に聞くなよ」 フッと吹き出してしまう。慌てふためく瑞木を見ていると、不思議と冷静になれた。 「今日、勇気出して話しかけてよかった。俺が誰かに話しかけると、みんな逃げちゃうんだ。だから岐田さんに怖がって欲しくなくて、時間かけちゃった」 「僕も声かけりゃよかった。……そしたらあの本早く読めたのに」 「あの本?」 「瑞木が前、読んでたやつだよ」 「あ、あれか。面白かったよ。俺が唯一好きな作家なんだ。持ってくるから待ってて」 部屋の奥へ行く彼の背中を、僕はため息をつきながら見つめた。また、つまらない意地を張ってしまった。素直に「お礼を言えてよかった」と伝えるべきだった。 こっちが心配になるほど素直な男。見た目だけで人を判断すべきでは無いと、身をもって学んだ。 僕は目当ての本がある棚と、全く違う所を探し始めた瑞木を助けるために、歩き始めた。

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