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ギターを弾き始めたのは、中学生の頃からだ。毎日のように、両親から寄せられる期待とプレッシャーから逃れられる唯一の楽しみだった。
元々素質があったのか、練習すればするほど上達していくことが嬉しかった。行き詰まりつつあった受験勉強のいい息抜きだったのだ。そんな生活を中学三年生まで続けた。
高校は親の望むところに入学できるものだと、僕と周りの人間は信じて疑わなかった。試験日一ヶ月前に、僕が倒れるまでは。ストレスに晒され続けた僕の体と精神はボロボロになっており、試験どころではなくなってしまった。
結局、定員割れした、この辺で一番偏差値の低い普通高校に入学することになったのだ。
母が言うには、僕は「運が悪かった」らしい。そんなことは全く無いと思う。僕の気持ちを想像出来ない両親と、それに耐えられない弱い僕が招いた必然の流れだった。
当時の僕は絶望した。自分のひ弱さと、タイミングの悪さに。僕の脆弱なメンタルに向き合いたくなかった。
新学期だというのに、楽しい気分になれなかった。学校とギターをやめて、どこか遠くへ逃げ出してやろうかと本気で考えていた時期もあった。そんな時、八沢と出会った。友達ができたことによって、学校での生活が楽しくなった。彼には今でも感謝している。今、こうして僕が「真面目生徒」として通っているのは彼の支えがあったからだ。
♢♢♢
急に眠りから覚めた。カーテンから朝日は射していない。時計を見ると、針は午前四時半を指している。まだ太陽も登っていないのに、起きてしまった。
昔のことを思い出すと、上手く眠れなくなるのだ。こうして変な時間に目を覚ましてしまう。
瞼をこすりながら、ベッドから出た。今日はいつもより少しだけ早めに家を出て、図書室に行こう。そう考えると、少しだけ気分が落ち着いた。
♢♢♢
鍵が開いているか一瞬不安になったが、杞憂に終わった。ドアノブは容易に回せる。今日は僕の方が瑞木よりも先に到着したかもしれない。そんな予想をしながら入室したので不意をつかれた。もう彼は居たのだ。
しかし様子がおかしい。いつものように、やって来た僕に目を向けない。机に伏せたままだった。眠っているのだろうか。声をかけようか迷っていると、あることに気付いた。彼の肩が小刻みに震えているのだ。耳をすますと嗚咽にも似た呻きが聞こえる。瑞木が声を押し殺して、すすり泣いていたのだ。
「見られちゃった」
瑞木が机に伏せたまま呟いた。声がくぐもっている。僕は黙って彼の背後に立った。きっと、泣き顔なんて他人に見られたくないだろう。
「もう泣いてないから、大丈夫」
「そうか」分かりやすい嘘だ。
「聞かないんだね」
「何を?」
「……俺が泣いてる理由」
僕がすぐに返事をしなかったので、部屋が静まり返る。外のプールから水飛沫の音が微かに聞こえるだけだった。
「前に僕が泣いてた時、瑞木は理由を聞いてこなかっだろ。だから僕もそうする。瑞木が話したくなったら聞く」
「…じゃあ、聞いてほしい。こんな話、誰にも言う気になれなかったけど、岐田さんなら大丈夫だと思う。…話してもいい?」
「聞くよ。最後まで」
瑞木は顔を上げた。瞳は充血し、頰は流れた涙で濡れている。普段の、屈託のない笑顔を見せてくれる彼とは全く違う様子。
僕の心臓はどきりと跳ねる。もう彼に泣いて欲しくないと、心から願う自分に驚いた。
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