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瑞木は椅子から立ち上がって、窓の方へ歩み寄った。窓を開けたことによって、水の音が大きくなる。 「この時期は辛くなる。覚悟してたけど、やっぱり無理だった。全然元気でいられない。岐田さんと一緒に居られるのに」 僕にそんな力はない。彼を元気にさせる力なんて。そのようなことを伝えると、彼は首を横に振った。 「岐田さんはすごいよ。あの日図書室で寝てた俺を注意してくれたんだから。大抵の人は、こんな見た目の俺を無視する」 「当たり前のことだろ。瑞木のイビキはすごかったんだ」 彼の表情が少しだけ和らいだ。もう瞳を潤ませる涙はなくなっていた。 「俺、目つき悪いしピアスつけてるだろ。先生に叱られてもやめないし。あ、でもこの髪は染めてないぜ。…塩素で薄くなったんだ」 「塩素?プールに入ってるやつか」 「うん。実はね、俺、中学生の頃は水泳部に入ってたんだ。今はやってないけど。…いや、もうできないんだ」 そう言って、窓を閉めた。部屋が静かになり、カーテンの揺れが収まった。 「肩を壊したんだ。去年の今頃は下の奴らと同じように泳いでいたのに…って考えると、何も出来なくなる。とっくに諦め切れたと思っていたけど、まだダメだったみたい」 「そうだったのか…」 気の利いた返事が思い付かず、在り来たりな言葉しか出てこない。 「最近になって、このままじゃマズイと思ってピアス開けたんだ。これならもう水泳部に戻れないし。こうでもしないと俺はダメなんだ。諦め切れない。俺、弱いだろ」 「弱いわけ、あるか」 コイツと僕は似ている。過去に挫折し、自分の夢から目を逸らそうとしている。もがく事さえ疲れて、漂い、流れに身をまかせる事しかしていない。心に焦燥感を抱えながら、だらけた日常を過ごしているのだ。そしてそんな自分自身に嫌気がさしている。痛いほど、分かる。 「瑞木は話せたじゃないか。泣いてた理由。僕はくだらないプライドが邪魔してたからできなかった。…すごいと思う」 「そうかな…。でも、プライドなんて誰にもあるよ」 「僕のプライドは自分でも嫌になるくらい、高いんだ。もう、やめにしたい」 「やめるって…」 「この際、僕も話していいか。今日を逃したら、二度と向き合えないような気がするんだ」 「もちろん」 彼に甘えてるな、と自分でも自覚している。きっと瑞木もそれを理解しているけど、受け入れてくれている。 「ありがとな」 一息ついて、口を開く。室内で僕の低い声だけが響く。いつもお喋りな瑞木が黙っているから、こんなことは初めてだった。 不思議なほど、落ち着いて話せた。失敗した受験のことや解散してしまったバンドのこと。そして、いつまでも腐っている自分が嫌いなことも、全部。 洗いざらい話したあと、僕は窓を開けた。蒸し暑い部屋に新鮮な風が入り込む。汗ばんだ額を冷やしてくれる。 「岐田さん、さっきよりも表情が柔らかいよ」 「ああ、すごくスッキリした。聞いてくれてありがとう」 「俺も感謝してるよ。…なんだか暴露大会みたいになったね。お互い丸裸だ」 瑞木は窓辺に置かれた、腰くらいの高さしかない本棚の上に座った。僕も釣られるように、腰掛ける。そういえば、こうして僕が瑞木の近くにいることは滅多になかった。こんなに二人の距離が近いのは、初めて話した日以来だろう。 彼のピアスが陽の光を浴びて銀色に輝く。眩しかったので目を細めた。そして思わず手を伸ばす。宝物を見つけた人のように。 瑞木は突然耳を触られたというのに、全く驚くことなく受け入れた。僕の指先の感触を確かめるかのように、少しだけ体をこちらに傾ける。 「くすぐったいよ。急にどうしたの」 「いや。綺麗だな、と思って。キラキラしてるから」 「……岐田さんも、つけてみる?ピアス」 僕は今まで、人に真面目だと言われ続けてきた。校則違反のピアスなんて無縁だと、今日の今まで思っていたのに。 「つける」

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