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「ほ、本当!?結構痛むよ?」
「分かってる。けど、やりたいんだ」
瑞木の様子を見るに、先ほどの発言は半分冗談、半分本気といったところか。鋭い目つきの瞳を見開き、まん丸にしている様子を見て、僕の口元が緩む。
「ファーストピアスだっけ?瑞木とお揃いにしたら面白そうだ。でもいきなり両耳はな…。痛そうだし」
「ピアスのデザインどころじゃないでしょ。てか、さっきまで痛みなんてどうでもいいみたいな態度だったのに。やっぱり…」
「やめる気は無い。それにアンタが言い出したことじゃないか。この際片耳でもいいから、僕は開けるぞ」
「何でそんなにムキになるんだ」
瑞木の疑問は的を得ている。僕だって分からないのだから。規則のレールから外るようなことに興味があったわけでは無かったのに。むしろ皆無だった。
慌てた様子の瑞木を見つめた。彼が動くたびに揺れるピアスを初めて見た瞬間から、僕の凝り固まった価値観は変わりつつあったのかもしれない。この感情は「憧れ」なのだろうか。こんな突発的に決めることではないだろうが、何故か、この選択を後悔しないという自信があった。
「で、でもピアスなんて開けたら岐田さんが先生に怒られちゃう」
こんな状況でも僕の心配をする瑞木。そんな彼を見て、僕は少しだけ僕自身を理解できたような気がした。
僕は、こんな彼に少しでも近い存在になりたいのだろう。その一歩目がピアスなのかもしれない。
「怒られてる岐田さんを見たくないな。…そうだ、俺が代わりに怒られればいいや」
「そんなことする必要はない」
「どうして」
「そん時は一緒に怒られるつもりだから」
僕の言葉を聞いて、瑞木は弾けるように笑った。そして「それなら問題なしかもね」と妙に納得した様子で、再び笑い始めた。
何も解決してないことは充分に理解していたけど、こんな感じでもいいような気がした。以前の僕は、こんなに大雑把な人間だったろうか。きっと、彼に影響されたのだ。優しいくて温かい瑞木に。
♢♢♢
「岐田さん、やるよ?最初はビックリすると思うけど、あまり動かないでね」
「あー、分かった。なあ、もう片方の手を握っててもいいか?安心したい」
「全然いいよ。ほら」
瑞木の大きな手が差し伸べられる。僕は汗ばんだ手でそれを握った。これでは、身体が震えてしまっていることが瑞木に伝わってしまう。
「心の準備ができたら教えて」
「もう大丈夫だ。早く開けてほしい。決心が鈍る前に。…まあ、そんなことないと思うが」
「強がりだなあ。まあ、そんなところも好きなんだけどね」
それを聞いて、さっきよりも手を握る力を強めた。それが合図だと瑞木は理解したのか、ピアッサーを僕の耳に近づけた。
そして、ぼくの耳元で何かが弾けるようにバチンと音がした。その直後に鋭い痛みが、ジワリと広がった。次第に強くなり、じくじくと痛む。
「…ッ!いてぇ」
「もう終わったよ。頑張ったね」
予防接種を受けた後を思い出してしまうような下りに、僕は思わず苦笑する。
目に溜まった涙を指で払い、瑞木の手をもう一度しっかり握った。二人の手は汗ですっかり濡れている。
ここは瑞木の部屋だ。学校のすぐ近くにある、マンションの一室。たまたま彼の両親がおらず、焦ることなくピアスを開けることができたのだ。
普段、彼はここで寝起きしていると思うと不思議な気分になった。彼の香りが充満した部屋。ここにいると眠たくなる。 何故かここは自室よりも安心できるのだ。
彼の部屋にはたくさんのピアスがあった。その内の一つをプレゼントしたいと、瑞木は言った。彼も片方しか開けていないので、片方だけのものが大量に余っているらしい。僕は痛む片耳を抑えながら、ピアスがしまってあるという棚に近づいた。
「これなんか、岐田さんに似合うと思う。まだ開封もしてないんだけど。新品だから清潔だよ」
差し出されたのは、金色のフープピアス。普段銀色のものばかり身につけていた瑞木が選ぶには少し意外なデザインだった。
「カッコいい。穴の調子が落ち着いたら、つけるよ。…本当に貰っていいのか?こんなにいいものを」
「もちろん。実はこれ、岐田さんに似合うと思って衝動買いしたんだ。黒い髪に金色って、ピッタリじゃないかと思って」
「僕のために?」
手のひらに乗った金色の輪を、そっと両手で包んだ。何故、彼は僕にここまでしてくれるのだろう。そんな疑問も、隠すように包んでしまいたくなる。理解してしまったら、何かが大きく変わってしまうような気がしたのだ。
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