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【連休3日目・夜】
相談の結果、ガソリン代や高速料金といった交通費は俺持ち、宿代は宿泊場所の選択含めて全て美作さんにお任せ、食費は交代で出費となった。
「それじゃ美作さんの持ち分が多くなりません?」
「いやいや。予定外に同行させてもらって運転までお任せなんだから、このくらいさせてよ。本当は食事代も持ちたいところだけど、それだとさすがに瀧本くんが気に病むかなと思ってちょっと遠慮してるくらいだよ」
だそうだ。
というわけでお任せした今夜の宿泊場所は、はりまや橋のすぐ近くにあるビジネスホテルだった。
助手席でスマホ弄ってた時間に予約しておいてくれたそうだ。
夕飯は宿近くにある高知の郷土料理を出してくれる居酒屋で、席だけ予約してあるとのこと。
食事場所に向かう途中ではりまや橋の前を通過し、なるほどガッカリスポットだと二人でひとしきり盛り上がった。
いや、もう、盛り上がっただけガッカリとは縁遠いって話だよ。
高知の郷土料理といえば皿鉢料理だろうけど、二人で食べるには多すぎる大皿料理だ。
鰹のたたきと海の幸色々食べられれば良いかな、と思っていたら。
「へぇ。ミニ皿鉢だって。一人分からやってくれるみたいだよ。二人分でこれにしよう」
飲み物を眺めていた俺より先に食べ物メニューを見ていた美作さんがそれを提案してくれた。
名物は見てみたい性質 なので異論もない。
「高知は日本酒なんですね」
「日本全国で焼酎がメインなのは九州と沖縄くらいだよ」
「そうか。なるほど、そういえば」
「で、日本酒にする?」
「魚なら辛口ですかね」
「そう言われてるね。俺はそもそも辛口派だから気にしないけど」
そう言って、美作さんが率先して全部頼んでくれた。辛口の日本酒で、これは美味しいから是非一緒に、と。
何度でも思うが、面倒見の良い人だ。
店内はそこそこ混んでいるのに、酒も料理もほとんど待つことなく提供される。俺よりも断然酒場経験豊富だろう美作さんも素で驚くほど早かった。
料理を持ってきてくれた女将さんらしき女性が驚く俺たちに「刺身以外は作りおきですから時間は大してかからないんですよ~」と明かして去っていったけど。
いやいや、盛るだけだとしても早かったよ。
そういえば昨日はしなかったから美作さんとははじめてになる乾杯をして、ナミナミ入った冷酒のグラスに口を付ける。
「あ、美味い」
「だろ! 好きなんだよなぁ、この酒。小さな造り酒屋で売られてる地酒で広くは流通してないんだ。だから、こんなところで出会えるとは思ってなかった」
岡山の地酒なんだよ、と産地を教えてくれる。
しまなみ海道を渡れば届く距離とはいえ、瀬戸内海の向こうはだいぶ遠い気がするんだが。
この他にもこれもこれも美味い、とメニューを広げて他の候補を教えてくれる。そちらは、名前くらいは聞き覚えがある程度に広い販路に乗った酒だ。
それで、真っ先に一番のレア物を選んだらしい。
料理の方は、そこそこ大きめの皿いっぱいに多様な料理が2人で分けられる数ずつ載せられてんこ盛り状態の、メニューの名前通りミニ皿鉢料理といった風情の一皿がテーブルにドンと置かれていて、見た目も随分豪勢なものだった。
美味いもの好きなものから食べるタイプの俺は、まずは鰹のたたきを箸で取る。
「あ、直箸ですみません」
「ん? いや、気にしないよ。持ちかえるの面倒だろ。直接取っちゃって」
どうぞどうぞ遠慮なく、といいつつ、本人も直箸で寿司をひとつ取り上げた。
高知といえば代名詞的に言われる鰹は、今まで何を食べてきたのだろうと悩むレベルで美味しかった。
この店は当たりだったようだ。
「酔っぱらっちゃう前に聞いとくけど、瀧本くん、明日の予定考えてる?」
「そうですね、ざっくりとは。ひとまず高知城です。せっかく四国に来たんで、現存天守4城制覇しようと思ってて。その後は、四万十川沿いにドライブして、宇和島城ですね」
「松山城まで間に合うかな」
「走ってみないと分からないですよ。山道って直線距離で測れない時間かかるんで」
「ふぅん。じゃあ、明日の宿はまた夕飯なしでチェックイン時間遅めにしておこう。松山に是非泊まりたい旅館があってね」
「え、どこですか?」
「まだ秘密。行ってみてのお楽しみ」
そう言ってスマホを弄り出す。予約サイトを見ているらしい。
出張などで良く使っていたのか、宿泊プランを選ぶスピードが早い。画面慣れしている動きだ。
とりあえず腹が減っているので先に飲み食いさせてもらう。
煮物も漬け物も実に美味い塩梅だ。皿の奥の方には羊羹も載っていて、前菜からデザートまで一皿に盛り付けられているのが見てとれる。
料理人含めてみんなで宴会の席に座ることが想定された宴会料理、とwikiに書かれていたけど、なるほど正しくだ。
美味しい食事に酒そっちのけで舌鼓を打っていたら、いつの間にか作業を終えていたらしい美作さんがニコニコ笑って俺を見ているのに気がついた。
ってか、終わったなら声かけてくれたら良かったのに。食い意地が張っているみたいで恥ずかしいじゃないか。
「いや、瀧本くんって、本当に美味そうに飯食うよね。見てて微笑ましくなったよ」
ふふ、とか、可愛い弟か妹でも見るような目で見られたら余計気恥ずかしいんですが。
て、妹はねぇよ、俺。
なんとも恥ずかしかったので、昼間に見せると約束していたサイトの話でお茶を濁すことにする。
スマホを借りてURLを手打ちして返せば、すぐにその中身に夢中になってくれる。
そもそも旅行写真のサイトだから、旅好きには良いネタなんだよ。
「施設の種類ごとに分けてるんだね」
「城は城で纏めたかったのが理由ですけどね。城好きが神社好きとは限らないですし。カテゴリ分けしたら何故かファンが付きました。見易くなったんですかね」
カテゴリ的には、海、山、富士山、自然、城、寺、神社、その他の8カテ。
富士山が別格なのは、現住所の地理的にちょうど良いプチドライブコースが富士山あたりだからだ。良い被写体なもので、自然と写真も増える。
「いや、これはファンが付くのも分かるわ。観光PR写真とは見る角度が違ったりして面白い。なんか個性的だけど良い写真って感じ」
何とも微妙な感想。確かに、全体像だけじゃなくて屋根だけとか木立の隙間からとか街の向こうにとか、どこ写してんのって突っ込まれるような写真も多いからね。言いたいことは分かる。
富士山に加えて多いのが、空の写真。
晴れた空や白い雲以外にも、曇りでも雨でも雷でも豪雨でも、実はなんでもある。
悪天候だって、絵になる景色はあるのだよ。一面真っ白だとさすがにどうにもならんが。
と、しばらく食事の手も止めてサイトを見ていた美作さんが、突然目を見開いた。
「わぁ、これは凄い」
「え、どれですか?」
これこれ、と見せられたのは自己評価でも上位に入るベストショットだった。
伊豆の山の上から曇り空なのに全景が見えた富士山の写真を撮ろうと車を停めた時、偶然手前の駿河湾上空で雲が切れたんだ。
その時の写真だ。
波打つ雲とその下に窮屈そうに収まっている富士山、愛鷹山、駿河湾とその海に降りてくる日の光。
このように雲の切れ間から光の線が斜めに降りている光景を、天使のはしごというらしいのだけど。
確かに、何か神々しいものが降りてきそうな景色だよね。
「こんな写真だと狙って撮れるものじゃないよね」
「偶然ですね、だいたい。もっと良い景色もたくさん見てますよ。運転中に偶然切れた木の隙間からちらっと、とか多いんで写真に残ってないですけど」
「こんなの見せられると、ドライブ好きになるのも分かるなぁ」
「今この瞬間助手席にいたかった、ってことも多いですけどね」
良い景色に出会う時ほど路駐できないパーキングもない山道ってことが多いからなぁ。
そういうのは頭の中に記録しておくしかないね、と美作さんはほんわか笑ってくれる。お兄さん優しい。
「しかし、城写真多いな。もしかして現存天守制覇?」
「今回四国4城回って制覇ですね」
「さすが。弘前城が遠くてなかなかね」
「あそこは、天守は他所 の隅櫓みたいな規模ですけど、公園になった縄張りの規模は全国でも上位ですよ。桜の時期はきれいだろうなぁってくらい桜の木がたくさん植わってました」
春とか秋とかきれいなんだろうなぁ。ちょうど良い時期に連休がなくてなかなか行けないけど。
「いつか一緒に行こうよ」
「え、弘前にですか?」
「そう。瀧本くん、付き合いやすいから、今回の旅だけで縁が切れるのもったいないなって」
「それは光栄ですけど。期待しないで楽しみにしてます」
それは結局どっちなの、と美作さんが爆笑してくれた。
こんなお兄さんと長い付き合いが出来たら俺も嬉しいけど、東京と熊本じゃ遠距離もいいところだもんな。
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