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【連休4日目・夜】

 到着したそこは、室数の少ない分贅を凝らした造りの旅館だった。  団体旅行なら大型ホテルだし、個人ではビジネスホテルかだいぶ古い分格安という旅館にしか泊まったことがないという俺には、門構えだけで気後れしてしまう。  美作さんの背中に隠れるように全面的お任せモードの俺は、チェックインするお兄さんの背中を尊敬の眼差しで見守るのみだ。  仲居さんの案内で通されたのは、広い10畳の和室だった。  食事は事前予約がなかったのに規定の会席料理を出してくれるそうで、どんな魔法を使ったのか不思議だったのだけど。 「少し包んだくらいで大したことはしてないよ」  だそうだ。  自分の我が儘なんだから気にするな、という美作さんに、これはその通りだから素直に甘えることにする。  チェックインが夕飯ギリギリになったため、部屋に荷物を置いたらそのまま食事用の個室に移動する。  大きな座卓の上にたくさんの皿が並べられていて、目にも豪華な食事が待っていた。 「スッゴ……」 「あはは。前から泊まってみたくてね。奮発しちゃった。一人利用を受け入れてないから、なかなか来る機会がなくてさ。瀧本くんがいてくれて助かったよ」  そのため、部屋は同室になった、と。  なるほど、流れを納得した。 「ここね、本館がすぐ近くなんだよ。飯食ったら一緒に行こうな」 「本館?」 「道後温泉本館。建物が重文指定の共同浴場だよ」  よく道後温泉のパンフレットに載っているあの建物のことらしい。  ならばもちろん、カメラ必須だな。  彩りも見事な会席料理は品数も多くて、瓶ビールで乾杯したあとはほとんど酒に口を付けずに食事に夢中になった。  ふと気がつくと目の前で笑って俺を見ている美作さんに照れさせられながら。 「ホント、美味そうに食ってくれるよね。良い物食わせ甲斐があるよ」  俺に合わせてくれているのか何か理由があるのか、酒好きのはずの美作さんも酒の追加はせずゆっくり食事を味わっているようだった。  俺のことを「美味そうに食う」と評価する美作さんだけど、その本人も実に綺麗に食事をする人だ。  俺のようにガツガツしているわけでもないのにいつの間にか皿が空になっているタイプ。  そこは見習わなきゃな、と思う。  美味しいものを素直に味わうのも良いけど、いつまでもそれじゃ子供っぽい。  酒を少ししか出していないから見計らってくれたようで、皿が空いた頃に飯と汁物を持ってきてくれた仲居さんは、大浴場の時間制限と明日の朝食の案内をして、ごゆっくりどうぞ、と下がっていった。  これから朝までは仲居さんと顔を会わせる用事がないらしい。 「そうそう、先に聞いておこう。明日の予定は?」 「松山城は行くとして、九州に行きたいんですけど、しまなみ海道を渡れば良いんですかね?」 「ここからならフェリーにしようよ。九州は案内させてな。行きたいところを教えてくれたらうまいこと予定立てるけど?」 「そっか、九州は地元ですよね」 「瀧本くんよりは土地勘があるって程度だな。まぁ、観光名所は押さえてる」 「大宰府天満宮と高千穂は行きたいです」 「お休みはいつまで?」 「来週の日曜日」 「丸々1週間だね。東京までひとりで帰るなら土曜のうちには発たないとだから……」  あそことあっちと、と日数を指折り数えながら大体のコースを考えてくれる。  土地勘も距離感もない俺は、それこそ先人に完全にお任せだ。  いつもは自分で全て計画を立てて旅をするのだけど、たまには全部お任せも楽で良いなと思ったり。  そもそも俺はメインがドライブ、観光は目的地でしかないんだ。目的地を決めるのは自分でなくても構わない。 「明日の宿は別府と湯布院どっちが良い?」 「どっちがおすすめとか」 「どっちもそれぞれそれなりの良さがある感じ」 「えー。じゃあ、語感の好みで湯布院」 「OK。じゃあ、明日は松山城見物して、八幡浜からフェリーに乗って、湯布院でゆっくりしようね」  了解です、と頷いた時には水菓子も食べ終えて箸を置いたところだった。  ホテルのタオルを借りて向かったその観光名所に、俺はひとしきり大興奮だった。  これぞ正しく『湯屋』。あのジ○リ映画の世界だ。  外観も内部もレトロな雰囲気はそのままに上手に使い込まれていて、細部まで一々感動してしまう。  趣味とまでは行かないけれど、古い建物やアンティーク物品の類いを見るのは好きな方だから。  それこそレトロな壁掛け時計や体重計なんかもワクワクの対象。  すっかりはしゃぐ俺の引率者状態な美作さんは、そんな俺にも食事中の俺を見るような保護者視線で見守っていた。  呆れないでくれるのは嬉しいけど、やっぱり恥ずかしい。  服の中の美作さんが逞しく鍛えられた身体をしていて、贅肉はないけど筋肉もない自分に少し反省したのはここだけの話。

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