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【連休4日目・深夜】
温泉を堪能して部屋に戻ってみれば、布団が2組敷かれていた。
家族と考えれば遠いし、友達同士と見ると少し近いようにも見える距離。と思うのは、自分の心理状態のせいか。
心理状態ってね、俺の友達遍歴にはいないスポーツマンタイプの身体をまじまじと見てしまったせいで妙にドキドキしてるというか、たぶんそんな感じ。
美作さんも同じように感じたのか、布団の間をもう少し離してくれた。
「この旅館も温泉は24時間入れるらしいから、明日の朝風呂でもしたら良いと思うよ」
「それは、美作さんが朝風呂行く気満々なんですね」
「バレたか」
わざとふざけて乗ってくれて、そんな軽口を叩きながら旅館備え付けの浴衣に着替える。
筋肉質な背中を浴衣が覆っていく姿って案外エロチックだ。
着替えてしまうとすることもなくなって、でもまだ寝るには早い。
電源とタブレットを引っ張り出して、今日は半分美作さんに貸し出されていたカメラのデータを整理する。小型の外付けHDDも持ってきてあって、データは全てSDカードからHDDに移しておくのだ。旅行中の全ての写真データはさすがに1枚のSDカードには入りきらない。
整理しながら中身を確認していると、隣に美作さんもやって来て、一緒に眺めることになった。
「あれ、この写真知らない。どこで撮った?」
「これはまだ美作さんと会う前ですよ。八十八ヶ所霊場の何番だかの札所ですね。屋根の形が綺麗で、ちょっといただいてきました」
「あの日も、ずいぶんいっぱい回ったんだねって話聞いたね、そういえば。丸亀城も行ったんだよね?」
「ほぼ同じ時間に美作さんもいたんでしょう? すれ違ったかもね、って店で盛り上がったじゃないですか」
そういえばそうだったね、なんて惚けた反応を返してきて、気不味かったのか関連した話題を振ってこちらに下駄を預けてくる。
今まで行った城の話、だって。
こちとら学生時代には信長の○望に嵌まったステレオタイプなゲーマー崩れの戦国時代マニアなもので、城跡は崩れかけた土塁が残っているだけの保存状態でも胸熱になれるお手軽仕様だ。
城の話なんて振られたら、止められるまで喋り続けること間違いない。
行ってがっかりするのは名古屋城。城址公園ほぼ全域に入場料が必要で、塀が高いので近くから天守閣を見るには入場料を払うしかない。しかもコンクリート造りの頑丈仕様で内部に入ったらただのビルだ。
コンクリート造りでもそこは許容するから、せめて内部構造くらい建造物を再現して欲しいと思う。
思っていたら、最近再建計画が持ち上がっているそうだけれど。
再建天守閣で期待以上なのは掛川城。正しく設計書通りに現代の材料も使いつつ新しく建てました、という出来ばえだ。立派な木の柱が使われていて、木材の調達だけでもかかった費用の膨大さが窺える。
もっと観光客が増えて、建築費用を入館料で取り返せるようになれば良いと思う。
天守閣までの道のりもグルグルしていて迷路のようで楽しいんだよね。
天空の城と有名な竹田城は行ったことがないんだけど、俺がおすすめする天空の城は岐阜県にある岩村城だ。高山にあってあの立派な石垣は見事の一言。
現存天守の備中松山城も天空の城だけど、俺はこっちが好きなんだ。
現存本丸なら二条城が別格。まぁ、これは二の丸なんだけど。
なんというか、現代の大富豪でもこんな豪邸は建てられないだろうな、って思う。
うん、物理的に。こんなもの建てられる大工がいるかな、って意味で。
やる気になればできないことはないんだろうけど、やる気にもならないだろうな。
話し始めると際限がなく、縄張りがどうの壕がどうの土塁がどうのとどんどんマニアックになっていくのだけど。
話しているうちに、マニアック過ぎて引かれてないかと気になってちょっと止まってみたら、隣にいた美作さんが思ったより近くから俺をじっと見つめていたのに気がついた。
「……え」
そっと近づく顔と、唇に触れた何か。
……あれ?
まばたきしてる間にやっぱりそっと離れた美作さんが苦笑いしている。
「瀧本くん、可愛いね」
……え。
ちょっと待った。
今の、まさか、キス?
「おや。嫌がってない?」
っていうか、それ以前。混乱して認識が追い付いてない。
ふわっと笑った美作さんが男前なのにドキドキしてるんだけど。
さすがにもう一度近づいてきたのには咄嗟に逃げた。
「……俺、男ですけど」
「うん。知ってる。さっき見たし。可愛いの」
「可愛くてすみませんね」
「いやいや。男に大事なのは普段の大きさじゃなくて膨張率ね。いざという時に必要なだけあれば良いんだよ。普段デカいとむしろ邪魔」
ふむ。それは言えてる。
って、そうじゃなくて。
「美作さんってホモだったんですか」
「俺も一昨日くらいまではヘテロだと自覚してたけど、今は少し自信ないかな。君が可愛いのが悪いんじゃない?」
「いや、誰から見ても俺はその他大勢の一部です」
ザ平凡を捕まえて責任転嫁は無理があります。
いや、微笑ましいなぁ、って表情で時々見られていたのは気づいてたけども。
弟感覚だと思ってた。こっちが兄感覚だから錯覚していたのか。
「大丈夫だよ。俺もその他大勢の一部だから、高望みしないし。むしろ、他人に盗られる心配がなくて安心材料」
「なんか複雑な評価です」
ふふ、ごめんね、とか。笑ってるんだけど。
ホモ自白してるわりに、なんで余裕そうなの、この人。
って、ちょっと卑屈になった俺の頭にポンと置かれた手が少し震えていた。
「いきなりでごめんね。白状するなら、キスしたい衝動が突然過ぎて自分でもやってビックリしたんだけどさ。って、それは言い訳か」
「キスしたい衝動とか、実在するんですか」
「恋心を自覚するのがキスと同時っていう漫画みたいなことも、実在するよ。つい数分前に自分で実践したから、俺のお墨付き」
それで何やら言い訳めいているのか、さっきから。
「でも、ちゃんと自覚したし、瀧本くんも意外と嫌がってないから、このまま口説こうと思ってるんだけど?」
「……自分はノーマルですけど、否定するつもりはない派ですから。元々」
だって、考えても見てくださいよ。周りコンピュータオタク上がりのエンジニアだらけでサブカルチャーどっぷりな知り合いに事欠かない環境。ライトノベルはもとよりBL小説だってその垣根は他の一般人より低いんじゃないだろうか。
まぁ、ぶっちゃけると。元カノが腐女子です。理解がなくちゃ彼氏なんてやってられない。
「それは、口説き落として良いって聞こえるけど」
「落とせるなら」
「お手並み拝見、って? 余裕だね。俺、逆境には燃えちゃうタイプなんだが」
言いながら、既に目線がやる気に燃えてるんですけど。
狙われてるのは自分なのに、危機感ゼロかい、俺。
「ってことは、当初の予定通り旅のお供で良いのかな?」
「紳士な美作さんを信じてます」
「うわぁ、その信頼は裏切れないわ。無防備さがむしろ鉄壁とかあるんだね」
負けた、降参、と両手を挙げて。そのまま一歩下がってくれた。
なんだろね、この紳士。男ってもっと狼な生き物だと思うんだけど。振るにはもったいないイイ人だわ。
「ところでね、瀧本くん。今後同行させていただくにあたってひとつ君からの慈悲をお願いしたいのだが、聞いてもらえるだろうか」
「どんな改まり方ですか、美作さん。聞くだけ聞きますけど」
「うん、いや、ものすごい一か八か感半端なくて。あのね。恋人ごっこ、してみませんか?」
「ごっこ?」
「そう。俺にエスコートされてくれるとか、手を繋いでくれるとか。キス以降はちゃんと恋人にしてもらえるまで取っておくから。ダメ?」
「エスコート自体は今日までも普通にされてたので、手を繋ぐくらいしか変わらない気が……」
「そう? じゃあ、欧米仕込みの本領発揮ということで」
楽しみにしてて、とウインクをひとつ。
そういえば出会った店で大阪で勤めてたにしては言葉に訛りがないと指摘したら、国際営業部だったから熊本弁と標準語しか要らなかったと暴露された覚えが。
早まったかな。
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