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【連休5日目・朝】

 片想いを告白された相手と二人で密室にいるのに平然と眠れた自分の度胸に妙な感心を抱きつつ、朝風呂を堪能して旅館朝食に舌鼓を打ち、チェックアウトする。  こんなに贅沢をさせてもらうとさすがに宿代が気になるんだけれど、自分の我が儘なのだからとまた言われた。  で、昨日は言われなかった余計な一言が付け加わった。 「ここは彼氏に花を持たせてよ。ね?」  俺も男だから同じく彼氏なんですけど。  彼女相手には昔自分も言っていたけれど、これ、言われた方も意外と恥ずかしいわ。  宿を出た後、路面電車の走る道と並走しつつ松山の街を突っ切った反対側に向かった。  規模的に、四国で一番立派な天守閣だと主観では思うんだがどうだろうか。松山城だ。  街の中からも見えていた天守閣は、正しく城と城下町の位置関係。  松山城は幹線道路や住宅街に囲まれていて地図的には街中なのだけれど、ロープウェイまである標高の高い平山城だ。  そのため城郭そのものも解体切り売りされなかったのか、城址公園となっている縄張りも往時のままっぽい規模だった。  正直、広い。  今日はフェリーに乗って九州に移動するだけだからここでゆっくり過ごしても良い、と美作さんに許可をもらい、あえてロープウェイは乗らずに歩いて城に上ることにした。  だって、せっかくこれだけ残ってるんだよ。天守閣までショートカットとか、もったいない。  観光客の半数以上はロープウェイで上ってしまうようで徒歩用の道はあまり人がいなくてマイペースで上っていけるのがうれしい。  おかげで、カメラのシャッター切りながら上ってる勢いで写真を撮りまくった。  引率している美作さんは、むしろ子供のようにはしゃいでいる俺の行動こそ面白いと楽しんでいるような表情で俺ばかり見ていた。  それはそれでちょっと恥ずかしいが、気にする気もない。これは趣味。旅の恥はかき捨てだ。  小高い山の上に建つ天守閣のさらに天辺から見下ろす景色はなかなかに格別だった。  案外海も近くキレイに見えている。 「何だか今日ははしゃいでるね」 「だって、予想以上にすごいんですもん、松山城。好きな城日本一入れ換えですよ、これ」 「え。日本一どこだったの?」 「松本城です。黒塗りの城がカッコいいんですよ。月見櫓も風情があって好きですねぇ」  黒い城っていえば今までは松本城一択だったんだけど、松山城も黒い城なんだよね。  隅櫓ごと天守回りの城郭丸々残ってるって、奇跡でしょ。  昨日慌ただしく見に来なくて良かった。これはもう、半日かけてゆっくり楽しむのが正解だ。  そんなわけで、予想外に楽しかった松山城をあとにしたのは昼時前の時間帯。昼飯はフェリー乗り場かフェリーの中かで食べることになった。  来た道を戻る方向で向かうのは、大分に面した湾の中。八幡浜。  だいぶあちこちに車で出掛けている俺だが、実は初めてのフェリー体験だ。  まず、車をフェリーに乗せる手順が分からない。  フェリーの乗り方がわからず首を傾げていたら、時刻表を調べるついでに美作さんがネットで確認してくれた。  フェリー乗り場の車列最後尾に車を停めて、車検証を持って切符売り場に行けば良いらしい。車の大きさごとに値段が違っていて、車1台に運転手分の乗船券が付いているから、運転手以外の同行者分の乗船券を買う必要がある、と。  次の便まであと30分だそうだから、急いで乗船券を買ってこないと。 「これは交通費だから俺持ちで良いですよね?」 「俺の乗船券は自分で出すよ?」 「交通費は俺が出す約束です。美作さん今までも負担しすぎなんですから、ここは譲ってください」  ダッシュボードから車検証の入った取説入れをそのまま持って、車の留守番をお願いして窓口へ向かう。車検証1枚で良いんだろうけど、袋から出し入れするのが面倒くさい。  窓口のある待合室は次の便を待つお客さんで賑わっていた。案外みなさんフェリーを利用しているようだ。  次の便の船がデッキに到着したようで、降りてくる客で建物の外へ向かう波ができる。切符を買って出口に向かっている間にその波に乗ってしまって、車方向へ抜け出すのにちょっと苦労した。  人の波って流されると意外と方向転換難しいよな。人にぶつかる勢いで突き進めば行けるんだろうけどさ。俺にそんな度胸はない。コミュ症舐めんな。  やっとの思いという感覚で車に戻ると、ちょうど次の便の乗船準備をしてくださいとアナウンスがかかった。  待ち時間があまりなくて、タイミングが良い。  同乗者の分は切符が別だったから先に歩いて船に乗っても良かったんだけど、美作さんは助手席のまま一緒に来てくれて、順番待ちの間の話し相手になってくれた。  こういう心遣いがホント紳士だよね、この人。うっかり惚れそう。  美作さんにしてみればうっかり惚れて欲しいのか。  美作さんは、どんだけ話の引き出しがあるのかとビックリするほどネタを持っていて、口を開く量は彼8俺2みたいな割合なんだけど、それなりにちゃんと盛り上がる。  ちょっと笑って少し沈黙して次のネタ、っていう話題の繋がりかたが続いていたところ、美作さんがふと黙った。 「そういえば、一昨日から微妙に気になってて。瀧本くん、何で敬語なの?」 「だって美作さん年上じゃないですか」 「それだけ?」 「ですよ」 「じゃあ、敬語止めようか。完全プライベートだし上下関係でいうなら俺がお世話になってる側だし。普通に話して良いよ」 「また難しいこと言いますね」  普通に、ねぇ。  普通の話し方って、どうだっけ? 「難しいの?」 「久しくタメ口きいてなくて」  は?だよね。うん。変なこと言ってるのは自覚してる。  でもさ、ほら、プライベートでは車か家に閉じ籠もってる引きこもりですから。それこそ同居していた頃でも親とも口きかないくらい。 「いやいや、親御さんとくらいは話そうよ」 「用がないですもん。妹がおしゃべりなので任せっきりです」  むしろ、父と妹がよく喧嘩してて、母は愚痴ばかりで、またやってるよと何歩も引いて大人しくしているのが俺の役目。  完全聞き役なので家族も俺が喋ってないのに気づいてないんじゃないかと思う。  そんな暴露をしてみせたら、美作さんには少し呆れられた、のかな。仕方ないな、って表情。 「じゃあ、練習しよう。敬語使ったら罰則で、うーん、キスひとつとか」 「美作さんが嬉しそうな罰なんですが」 「当たり前じゃない。瀧本くんの罰であって俺のじゃないもの。ほら、早速ひとつ」 「ちょ、待っ……」  それはまだ適用範囲外でしょ、と抗議する間もなく、グイッと引っ張られた。  キスされたのは頬っぺただけど。 「美作さん、厳しい」 「そう? じゃあ、ハードル下げてあげようか。『美作さん』って他人行儀だから、これ止めよう」 「じゃあ、なんて呼んだら良いです?」 「そうだなぁ。呼ばれ慣れてるところで、ケイかな」 「……ケイって名前に入ってないですよね?」 「それがね、ちょっと理由があるんだよ……っと、前進んだね。じゃあ、続きは後で」  おっと、タイムリミット。前の車に続いて検札を受け、初フェリーに乗船です。

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