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【連休5日目・夜】
フェリーを降りてケイさんが設定したナビの通りに運ばれた先は、由布院の街中から少し離れた風光明媚な環境に佇む温泉旅館だった。
温泉町観光には少し不便な代わりに静かでゆったりした時間が流れている。
緑に覆われた由布岳も間近に見られる旅館で、夕日に照らされた山影がキレイだった。
旅館の駐車場で車を降りて、また高そうな宿を選んだなぁ、とケイさんを見返してしまうのだけど。
「宿代、無理してません?」
「全然。平日だから安いし、元々ここはそんなに高くない料金設定」
萎縮してないで行くよ、とエスコートされて、文句を言える立場でもないので大人しくついていく。
「あ、言い忘れてた。今夜も同室ね」
「……ここならそうでしょうね」
今さらそこは気にしませんよ。
「何だか不貞腐れてる?」
「いいえ。ただ、呆れてますけど」
「まぁ、良いじゃないの。激務の代償が貯まってた分をここぞというところで使ってるだけだよ」
苦笑しつつ玄関を入る。
と、旅館の職員らしくネクタイ姿の上に法被を羽織った男性が振り返った途端に破顔一笑した。
「おう、良う来たな。お連れ様もいらっしゃいませ」
えっと。つまり知り合いの伝手か、この旅館は。
「悪かったな、直前で」
「いやいや、平日は満室にならんけん、なんぼでん融通きくんちゃ」
うわぁ。生の大分弁だ。初めて聞いた。
旅行経験こそ他人より多めの俺だが、観光地は標準語が多くてなかなか方言って聞かないんだよな。
なんだか良い経験をしている気分だ。
「まぁ、なんかなし部屋に案内するちゃ。すぐに夕飯やし、それまで少しゆっくりしなぃ」
荷物持とうか、と言われたのは断って、どうやら旧知の仲らしい二人の後をついていく。
少し古い造りでバリアフリーにはなっていないけれど、細やかなところにおもてなしの配慮が窺える、そんな旅館だ。
通された部屋はその中でも奥の方で、他の部屋から少し離された客室だった。
踏込みから中に入れば、なんと二間続きの和洋室。露天風呂付きの部屋とのこと。
この旅館で最上級ランクの部屋なんじゃないだろうか。
思わず部屋の中を見回っている俺の背後では、ぐぐっと庶民的な会話が続くのだけど。
「言われちょった洗濯機だけんど、旅館ん方はコインランドリー設備ねえけん、うちんやつ貸すっちゃ。乾燥機もあるし、一晩干しちょいたら乾くやろ」
「マジか。悪いな、無理言って」
「良いちゃ。気にしなさんな。こっちは頼っちきちくれち嬉しいんやけんな」
旅館続きでそろそろ着替えをどうしようかと思ってはいたけれど。
ケイさんはすでに対策まで考慮済みだった。
頭が下がります。
「夕飯は部屋食で18時半。大浴場は玄関の向こう側で24時間いつでもどうぞ。といってん遠いいけん、こん部屋ん露天風呂ぅ使うたら良いちゃ。夕飯終わった頃に洗濯ん迎えに来るけどそれで良いか?」
「おう。助かるわ。ありがとな」
ごゆっくり、と言葉を残して立ち去っていくその大分弁の人を見送る。急ぎ足で戻っていくから、夕飯前で忙しいんだろうと予想がつく。
それから、改めてお互い顔を見合わせた。
先程言われた夕飯の時間まで、風呂に入るには短いが少し待つ時間帯。
向かいに座れと上座を譲られて、ケイさんがお茶を淹れてくれた。
「宿探してる時に思い出してさ。さっきのヤツ、志手 っていって、大学の時のツレなんだよ。ここの跡取り息子で、立場的には若旦那」
なるほど、それで色々と融通を利かせてくれたらしい。
ケイさんもさっきの志手さんも大学の同学部学科で研究室も一緒という仲だったそうだ。
卒業してからはすっかり畑違いの分野に進んでしまったのと生活拠点も違っていて、年賀状のやり取りしかしていなかったという。
そんな疎遠になっていた古い友人に気を配ってくれる志手さんが、凄い人だなと思う。
俺なんて、大学の頃に付き合いのあった友人知人のほとんどを覚えていない。
今でも年1程度で付き合いが続いている友人も2人ほどいるけどな。
みんな似た者同士だから、付き合いやすいんだ。
「大人になると、学生の頃の友人とか疎遠になるよな。もう10年近くアイツとも会ってなかったんだと思うと、なんか申し訳ない気持ちになったりしてさ」
「住まいが離れちゃうとしょうがないですけどね。同じ南関東でも、東京と神奈川と千葉、とか分散しちゃうと近いくせに会いませんから」
「カズくんの友だち?」
「たった2人しかいないプライベートでわざわざ会う知り合いです」
「それを友だちっていうんだよ。ちゃんといるんじゃない、タメ口きく相手」
「うーん。タメ口きいてるんですかね。自分じゃ意識してませんが。大抵は3人で集まるんで、二人で盛り上がってるのを聞いてるだけですよ」
二人は趣味もごく近いオタク同士。聞いている分には楽しいけれど、話題には入れない。
いや、聞いている一方でも楽しいから全く問題ないんだよ。向こうがどう思ってるのかは知らないが。
せっかくフォローする糸口が見つかったのに、と残念そうにケイさんは肩を落とすのだけど。そう言われてもね。
「そういや、さっきアイツに懐かしい話されてね。大事な人を連れていきたいって言っておいてカズくん連れてったから思い出したんだろうけど。俺、学生の頃に同じサークルの女子に予言されてたんだよ。俺の伴侶は十中八九男前な年下の男の子、って」
「……それが、俺ですか?」
「今俺口説き中だし、間違ってないかもね」
男前かどうかは別として、確かに年下の男だな。
「ケイさん、ノーマルだったんじゃないんですか?」
「そうだよ。今まで同性とか興味なかった。その時も彼女いたし。むしろだから笑いネタになって覚えられてたんだろうな。彼氏出来たら報告厳守とさ」
「するんですか? 報告」
「まさか。もう10年近く前のネタだよ。今さら自分で蒸し返さないって」
自分から笑われるネタを提供するほどマゾじゃないよ、とのこと。
その流れで、別の親友には報告するけど、と。
まぁ、俺がケイさんに落ちるのが大前提だけどな。
「そう予言された理由って聞いたんですか?」
「聞いた。しかも自覚してる。ビビりだからね、向こうからグイグイ迫られると逃げちゃうんだよ、俺。それで呆れられるのがいつものパターン」
「イマドキ女子全滅じゃないですか」
ってか、完全に恋愛に不向きだ、それ。
「そうなんだよねぇ。昔風大和撫子ならいけるんじゃない?って言われちゃって。で、むしろ自立してて年上を立ててくれて寄りかかってこない男前が良いよ、ってさ。そんな子いないだろ、ってのが男の意見で、むしろそれ草食系男子だ、ってのが女の意見だったな」
それで年下の男の子という結論に導かれたらしい。
別にビビりには見えないけどね。初めての場所でも率先して先導してくれるし、安定してて頼りがいもあるし。
ビビりというなら、俺の方じゃないかな。じゃなきゃコミュ症にもならないだろ。
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