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【連休5日目・深夜】
夕飯を済ませて食後のお茶を飲んでいる頃再びやって来た志手さんは、洗濯の手伝いをしてくれたり自分が部屋干しで使っているハンガーラックを貸してくれたりと甲斐甲斐しく対応してくれた後、自分の晩酌用の焼酎と酒の肴を持参で部屋にやって来た。
もちろん洗濯待ち中に邪魔して良いかと確認済みだし、こちらも大歓迎だ。
つまみに出してくれたのは、りゅうきゅう、とり天、だんご汁など大分の郷土料理ばかりで、夕飯にはなかったものたちだ。
酒の肴だからねぇ、と志手さんは苦笑していた。
「りゅうきゅうあたりは品書きに含めてん良いち思うんやけんど、料理長がなかなか納得しちくれんじ。うめえやろ?」
「酒にピッタリですねぇ」
「そうそう。酒ん肴に欠かせんのや」
大分といえば中津のから揚げも最近有名だけど、むね肉でとり天もあっさりしていて良い。
九州男子は酒に強いと良く言われるけれど、大抵は水かお湯で割るものなのだと明かされたのも少し驚いた。
最近全国区になった本格焼酎と呼ばれる乙類の焼酎は基本ロック派な俺としては、意外と言うしかない。
もちろん、甲類ならジュースやお茶なんかで割るけどな。味も臭みも何にもなくて飲んでも旨味がない。
そういや、俺も焼酎は水割りだなぁ、とケイさんも同調する。
「割っちゃったら酒の味だいぶ薄くなりません?」
「そう? ちゃんと味するよ?」
「そりゃ、するでしょうけど。なんかもったいないなぁ。ロックにして少し氷が溶けたくらいが味に丸みも出て旨いのに」
何度でも勿体ないと力説しつつ、グラスの中身をくいっと飲み干す。
飲んだことのない銘柄の芋焼酎だけど、芋臭さも少なく飲みやすい口当たりだ。
四合瓶くらいなら一晩で飲み干せるかもしれない。
飲みっぷりの良さに志手さんは嬉しそうに笑うのだけど。
「あと少しだし、コイツ飲み干しちしもうちくりい。口開け飲ませちやるちゃ」
「え、いえ。志手さんのお酒だし、そんなに戴くわけには」
「良いちゃ、良いちゃ。旨う飲んじくるるしに味おうてもらえば酒も嬉しいやろ」
ちょっと待ってな、と席を立って出ていく志手さんを戸惑いながら見送るしかなく。
同じく見送って、ケイさんも苦笑している。
「気に入られたね、カズくん」
「なんだかかえって申し訳なかったかな、と」
「良いんじゃないかな。酒飲みってのは旨い酒を旨く飲んでくれる人間が好きなもんだよ」
ロックで飲んでいる俺と違って申告通り水割りで飲んでいるケイさんがニコニコ笑って、自分の分と俺の分とそれぞれにお代わりを作ってくれる。
それでちょうど酒瓶も空いたようだ。
あてがわれた部屋が志手さんの自宅に続くバックヤード入り口ドアに近くて、志手さんもすぐに戻ってきた。
どうやらそれが志手さんの夕飯らしく、つまみの追加も持参で。
しっかり封がされた新しい瓶の口を開けると、ふわりと独特な香りが広がる。
「まだグラス空かんやろうし、こっちちいと飲んじみるか?」
とくとくと良い音を立てて注がれた新しいグラスを差し出されて、その誘惑にあっさり負けた。
新しく封を切ったばかりの酒なんて、不味いわけがない。
「遠慮なくひと口いただきます」
「ひと口ち言わず好きなだけどうど」
受け取って口を付ければ、新しい香りとまろやかな口当たりにうっとりしてしまった。
先にいただいていた飲みかけも美味しかったが、全く空気に触れていない新品はやはり別格だ。
自分用のお土産に買って帰ろう。決定。
「これ、製造元が市内みたいですけど、ここから遠いですか?」
「まだ何本かストックしちょんけん譲ろうかえ?」
「いえ。もしここから近いなら蔵元から直接買って帰りたいです」
「良いお客さんやな。すぐそこちゃ。インターまでん通り道から少し外れとうらいやけん寄り道しきるやろ」
遠いなら小売りしている酒屋を教えてもらわないといけなかったが、そこまでしなくて済みそうだ。
良い酒を教えてもらって嬉しい限り。
「じゃあ、明日はその蔵元に寄ってから移動開始だね。太宰府寄って博多泊まりかな」
ほくほくとしていた俺の正面で、俺から渡した口開けの一杯を口に含んだケイさんがそう言う。
片手にスマホを持っているから明日の宿確保だろうか。
「予定がそれだけなら由布観光しち行けちゃ」
酒蔵も販売窓口は10時オープンだしそれまで暇だろう、とのこと。
由布院の見処を観光協会のサイトを見せながら教えてくれるので、ケイさんと揃って拝聴する。地元の人おすすめの見処なら間違いなしだ。
「気に入っちくれたらまた新婚旅行にでも来ちくれちゃ。待っちょんちゃ」
それって、俺とケイさんと二人で、ってことだろうか。
そういうことなんだろうな。目許がからかうようにニンマリしてるしな。
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