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【連休6日目・昼】
朝食は玄関そばの座敷で、とのことだったので、朝風呂帰りに純和風の旅館ならではの朝食をいただいた。
九州では納豆はほとんど食べないらしく、食卓にも出ていなかったのがなんだか新鮮だった。
納豆旨いのに、と思うのは関東人だからだろうか。
食後はさくっと身支度を済ませ、9時前にはチェックアウトして観光に向かう。
金隣湖を一周して土産物を物色し、大杵社で樹齢千年越えのご神木を拝み、昨夜目的地にピックアップされた酒蔵でご厚意から酒蔵見物までさせていただき。
昨夜飲んだ酒を大絶賛したおかげで気に入られたのだろう。たまには素直に誉めちぎってみるものだ。ラッキー。
そうこうして観光を満喫し、高速に乗ったのは昼食時近い時刻だった。
ナビによると太宰府まで1時間以上かかるらしく。途中のパーキングで昼食を摂ることにする。
で、食べたのがとり天丼っていう。
いや、美味しいけど。とり天ハズレないけど。昨日も食べたしね。
そんなこんなな道中を経て、辿り着きました。太宰府天満宮。
「学問の神様だけど、用事あるの?」
「システム屋は一生試験勉強なんですよ。試験苦手なもんで、基本しか取れてなくて上司から面談の度に突っつかれてます」
基本からはじまり、応用、各種専門資格にマネージャー、プロジェクト運用関係、各種業務知識系、果ては経営コンサルタントまで。
別にその資格を持っていなくても業務に支障はないけれど、持っていれば箔は付く。会社として○○資格保持者何名ってのが売りのひとつだから、一人でも多く資格保持者を抱えたいわけだ。
大学進学すら教科試験で通らなくて小論文入試で切り抜けた俺が、試験の半分暗記問題3割強計算問題とか、受かるわけがないんだけど。
「こんなに遠いと御利益あっても御礼参りに来られないですけどね」
話しながら鳥居をくぐる。
俺は普通に何気なくくぐっていたけれど、ケイさんが鳥居の前で立ち止まって頭を下げていたので、俺も戻って真似をしてみた。ら、頭を撫でて誉められた。
「鳥居は神社の門だからね。お邪魔します、って挨拶しないと」
「なるほど、確かにそうですね」
言われてみれば、だった。
今まで全く意識してなかったな。反省だ。
「まぁ、気にしない人の方が多いよね。お寺はともかく神社は基本的に拝観料も取らないし、開かれてるから公共の場所って認識が強いんだと思うんだ。こういう観光地だとさすがにないけど、地元の神社とかだと犬の散歩とかもしてるでしょ。公園感覚なんだろうなと思う」
「でも、法律上は宗教団体の所有地ですね」
「神社も寺も一緒くただった昔の方がおおらかだったんだろうねぇ、そう考えると」
砂利をザラザラいわせながら踏みしめて、平日のおかげで参拝客も疎らな境内を話しながら歩いていく。
ケイさんの言い分は仏教も神道もよく分からない俺にも分かりやすい。
他人の家にお邪魔するんだからね、と言われれば納得いく話の流れなんだ。
それにしても、ケイさんは物識りだな。
「ケイさんってけっこう信心深いんですね」
「いや? 俺は無宗教だよ。無神論者ではないけど、信心というとどうかな、って感じ。太陽でも海でも山でも台所でも便所でも、米の一粒にまで神様がいる、っていう日本の自然信仰には共感してるけど、だからってその神様たちが人間ごときを特別に守ってるかっていうとそれは違うんじゃないかな、って思うよ。だから、神頼みには興味ないけど神々に畏れは感じてる」
ケイさんにはケイさんなりの神様論があるようだけど、正直俺には今のところ理解不能。
ん?と首を傾げていたら苦笑が返ってきた。
「自分が神様だと思ってみたら分かりやすいよ。例えば、カズくんがあの牛の石像に宿った神様だとするじゃない?」
「え。あの牛にも神様って宿るんですか?」
「神牛というくらいだからいるんじゃないかと思うけど、ものの例えだよ。カズくん、君はあの牛さん。石像の通りのんびりおやすみ中。そこに見ず知らずの人がやって来て、賽銭上げて柏手叩いて家内安全やら商売繁盛やらお願いごとをされました。カズくん、どう思う?」
「いや、俺牛だし牛車牽くくらいが関の山なんだけど」
「でしょ? どの神様でもそうだよ。宿ったその事物を守るのがそれぞれの神様のお仕事で、それこそ、稲作の神様に交通安全をお願いされたところで知らんがなって話でね」
「じゃあ、ケイさんはどうしてお参りするんですか?」
「こうして神様を祀っている人間の信仰心の集積地を見るのが好き。で、お宅にお邪魔してるからご挨拶はしていく」
「なるほど、ご挨拶ですか。それなら分かる気がします」
さっきも鳥居の前でお邪魔しますってご挨拶したし。
俺自身、神社や寺を見に来るのは好きだけど、特に願い事もないからただ手を合わせてるだけなんだ。
それが訪問のご挨拶だというのなら、手を合わせる理由もできるというものだ。
「ここの天神さまなんかは分かりやすいけど、神様って祟るでしょ。だから、蔑ろにはできないなぁって思うよね」
「菅原道真ですもんね」
「関東にも元怨霊の神様いるじゃない?」
「将門さまですか? 首塚にお参りに行ったことあります。すごいですよ。ホントに高層ビルの谷間」
この現代でも将門の祟りは健在らしい。首塚に行くとわかる。隣のビルでも首塚に尻を向けない対応が今も当たり前にされてるから。
「日本人は怨霊も神様に祀って祟りを鎮めようって発想するからスゴいよね。天神さまなんて、そもそも頭の良い人だったからってあやかって、学問の神様扱いでしょ? 怨霊さんだっての」
「でも、御利益あるんでしょう?」
「頼りにされれば嬉しいんだろうね、菅公も」
まるで知り合いのように言うけど、だからその人怨霊さんですよ、って。
道を歩きながら、牛やら心字池やら太鼓橋やら絵になる風景をバシバシカメラに納めながら、話は盛り上がる。
興味のない話なら、ふーん、で終わってしまうのだろうけど、ケイさんの宗教感は俺の気を惹いて止まないんだ。
前方に楼門が見えて、俺は少し急ぎ足で近寄って行った。
絢爛豪華な楼門は鑑賞物としても見事だ。
「やっぱり天神さまは太宰府が一番豪華ですねぇ」
「菅公終焉の地だからだろうけど。他にもお参りしてるの?」
「北野と鎌倉と湯島と亀戸は行きました」
「ずいぶん行ったねぇ。で、どうだった?」
「どこも有名な天神さまなんで規模は大きいですけど、亀戸が印象的でしたよ。心字池の周りが梅の木で埋め尽くされてて。春はきっとキレイでしょうねぇ」
初夏に行ったから花は何もなかったけど、亀が甲羅干ししてて気持ち良さそうだったんだよね。
「あと、鎌倉の神社さんがなかなか有り難いサービスしてました。予めお願いしておくと、試験当日の朝に合格祈願の御祈祷してくれるんですって」
「あはは。それは御利益ありそうだ」
本人が御祈祷の場所にいないからどうかなとも思うけどね。御守りを試験会場に持っていけば目印になるのかな。
楼門をくぐったら本殿が目の前に見える。本殿前の左右の木は両方とも梅だった。
「向かって右が飛梅だよ」
「京都から飛んできたってヤツですね」
「健気な話だよね。梅の精って美人なんだろうなぁ」
「平安美人って今と美人の基準が違いますけど」
「あ……」
そりゃ残念、とケイさんが肩を落として本当に残念そう。
現在ただ今絶賛口説き中の仮恋人を横にして早速浮気ですか、って言ってみたり。
まぁでも、ノーマル嗜好だって自己申告は本当らしい。
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