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【連休6日目・夜】

 太宰府天満宮でお参りしたあと、境内からすぐ近くの歴史博物館で太宰府の歴史を学び、参道巡りをしたり梅ヶ枝餅を食べたりとちょっとしたデートをして、今日の宿に向かった。  さすがに博多の街の中では駐車場無料のビジネスホテルが見つからず、近くの24時間上限設定がある駐車場に車を預けることになった。  駐車場代も出すよ、と言われたけど、そこは交通費だからとこちらに任せてもらう。  どう見積もってもケイさんの出費の方が多い。  部屋はツイン1室。ダブルにしたかった、なんて冗談混じりにぼやかれつつ。  俺の妥協は同室を了承する程度です。 「朝食は付いてるけど、夕飯は外ね。何食べたい?」 「博多といえば……ラーメン、もつ鍋、水炊き」 「水炊きって最近食ってないな、そういえば」 「博多のもつ鍋ならけっこう全国に店ありますけどねぇ。たしかに水炊きはあんまり見ないです」  じゃあ、それで。  そういうことになった。  ちなみに、今日の夕飯代は俺の番。今まで高い方を奢られっぱなしだったから、なんだかホッとしてしまう。  自分が多目に出すのは抵抗ないんだけど、相手に負担を負わせるのが凄く気になる質なもので。  水炊きを出す店といえばやはり定番の居酒屋で、街をそぞろ歩いて目についた店を選んでみた。  鶏料理専門店のようで、壁に貼ってあるメニューは焼き鳥やらから揚げやらと鶏料理ばかりだ。 「生2つ、水炊き2人前、白菜漬け、地鶏の炙り焼きお願いします」  席に通されるや、メニューも見ずにケイさんがさらっと注文を通してしまった。  それで店員も立ち去っていくから、ちゃんと存在するメニューなのだろう。  荷物を下ろして席につきつつ、ケイさんを見つめていたら、苦笑が返ってきたけど。 「カズくんが店の物色してる間に下に出てたメニュー見てたんだよ。最初はビールで良いだろ?」 「食いながらだと焼酎よりビールの方が良さそうですよね」  その手際に感心。  すぐに出てきた漬け物とビールで乾杯する。  今日はあまり運転していない分だいぶ歩き回っていたようで、冷たいビールが喉に旨い。  専門店だから準備が整っているのか、テーブルに鍋の準備が始まったのは割と早かった。  大学時代は福岡に住んでいたと言うケイさんが買って出てくれたので、鍋奉行は全面的にお任せだ。  鍋を加熱している間は漬け物くらいしか食うものがなくて、手持ち無沙汰を補うようにケイさんが話しかけてくれる。 「明日なんだけどね。俺に1日くれないかな?」 「1日ですか。どこか行きたいところでもあるんですか?」 「うん。ハウステンボスでデートとかどうかなって」  知名度全国区なテーマパークが出てきて、そういえばそんなのもあったなと思い出す。  長崎は行ってみたかったから方向としては構わないのだけど。  そろそろ帰りまでに見て回る行程も考えなくちゃな。連休も残すところあと半分だ。 「良いんですけど、帰りも考えると他にどれくらい回れますかね、って思いますが」 「高千穂は行きたいって言ってたよね?」 「出来たら熊本城と桜島も」 「今日が月曜だから、明日は長崎、明後日熊本、高千穂、鹿児島、で土曜に帰る感じでどう?」 「ずいぶん長距離ドライブになりません?」 「運転手の体力的にキツイのかな。自分で運転しないから、実感なくてね。ここまでの行程でカズくんのタフさ加減見て判断する限り、行けると思うんだけど」  いや、長距離ドライブは俺には全く苦にならないから構わないけど。  運転手はやることあるから長距離走ってても暇にならないんだよね。山道なんか特に両手両足使って目も頭もフル回転。手足のように慣れたマイカーだから、定期的に休みを取っておけばそうそう疲れないし。 「むしろ、助手席座りっぱなしで疲れてないか逆に心配ですよ」  ですよ。 「いやいや。カズくんの運転は安定感あって安心しきってるから。隣で寝ちゃわないようにする方が大変」 「寝ちゃってて良いですよ。何もすることないと暇でしょ。暇つぶしったって、車の中じゃ本読んだりスマホ見たりなんてしてたら酔いそうだし」 「いやぁ、それはさすがに申し訳ない」  助手席に座る人って、寝てても良いって言うと必ず申し訳ないからって断るんだけど、実はこれ、運転手の本音だったりする。  眠くて無理に起きていようとして頭ぐらぐらしてる方が、こちらは気になっちゃって運転の邪魔なんだよ。  うちの妹がこのタイプ。身内だから、さっさと寝てしまえ、といつも無理やり頭を枕に押し付ける。  他人だとそんな荒業も出来ないもんね。素直に寝ておいてください、とお願いするしかない。  反対に、母親は全く寝ないかわりにずっと喋ってて、山道でも曲がり角でも会話を振ってくるおかげで曲がるべき角を通過してしまったなんてことが往々にしてある。  お喋りも適度が良いよ。一応運転手は同乗者の命を預かっている分それなりに神経使ってるから、気が散ってると危ない。  一番良いのは3人以上のグループ行動だよね。話しかける相手が俺以外にもあるから、こちらは運転に集中してて良い。 「へぇ。なんか、目から鱗だなぁ。喋ってた方が眠気覚ましに良いのかと思ってた」 「眠気覚ましならむしろカラオケでもしてた方がよっぽど良いですよ。こっちの都合で意識遮断しても同乗者の迷惑にならないでしょ」  歌詞見たり出来ないからおもいっきりうろ覚えのまま間違えながら歌ってるけど。  一人で運転してると大声でカラオケ大会、なんていうドライバーは多いと思うんだ。 「カズくんは歌得意?」 「流行りの歌は全然です。音痴かどうかは自分じゃ分からないですねぇ。一緒に行くやつらから何か言われたことはないですが」 「それは是非聞いてみたい」 「良いですけど、歌えるのって一昔前のアニソンとかボカロ曲とかですよ」 「ボカロ?」 「ボーカロイドっていうシステムで作られた音楽です。ミクミクとか聞いたことありません?」 「あぁ、水色のツインテールの子でしょ? 二次元アイドルか何かだと思ってた」 「似たようなもんですけど。ボカロは人が歌うには厳しい音程とか息継ぎどこーみたいな早口とかの難解曲が多いんで、眠気覚ましに口ずさむのにちょうど良いんですよ」  そもそもボカロ曲はネットにのって普及したアマチュアクリエーターの産物が主だから、上手く波長が合えば遊び心満載で作られてて楽しめるんだよね。売り手側の大人の都合が排除されてるっていうか。  自分の好みに合う曲に巡り合うのが大変ではあるけど。それなりに歴史があるシステムだし作り手もたくさんいるので、曲数膨大なんだ。  そうこう話しているうちに煮えたようで、まだ肉しか入っていない鍋から固まり肉を俺の取り皿に載せてくれた。  博多の水炊きは最初は鶏肉だけで煮て出汁をとって、それから野菜を投入するもんなんだそうだ。  皮も骨も付いたぶつ切りの鶏肉をいくつか出して隙間を空けた鍋に野菜を投入していくケイさんを、俺は任せるままに眺めるけど。 「ポン酢はそれね。熱いうちにお食べ」 「ちょっと冷まし中です」 「あれ、猫舌?」 「多少。熱々を恐る恐る食べるより、少し冷ましてから大口開けてかぶりついた方が食べたーって気になりますよ」 「あはは。確かに」  同意したくせに、作業を終えたケイさんの方が先に肉にかぶりついていた。  まだ湯気もたっぷり出てるのに。  口の中の皮膚が分厚いんだな、きっと。口の中だって面の皮だもんね。

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