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【連休6日目・深夜】
カラオケ、という話題が出たからか。食後の宿へ戻る道すがら、少し歌っていこうよと寄り道することになった。
カラオケに入っているボカロ曲は有名どころしかないから、そんなに数も多くない。
歌って見せたら、確かに難しい、とケイさんが大ウケだった。
そんなことより、ケイさんが無茶苦茶歌上手くて衝撃だった。
最新の流行歌を追っているわけではないようだけど、何年か前の年末特番あたりで高評価になった楽曲を本人並みに歌い上げてくれる。
ケイさん自身は、営業職の基本技能だよ、なんて嘯くんだけど。
98点なんて初めて見た。
「そう言うカズくんだって音程完璧じゃない」
「ビブラートとかの加点分がさっぱり出来ないんですよね。どうやるとあのマーク出るんですか?って感じです」
「意識してないからなぁ、助言も出来ない」
むぅ、と悩んでいるけれど。出来ない側も謎だけど、出来る側でも謎ではあるようだ。
それから、それだけ歌えるなら明日からドライブ中はカラオケ大会で、なんて話に繋がる。
俺の車のオーディオに入っているSDカードは、好きなバンドのアルバムかネットから落とした楽曲しか入っていないから、ケイさんが歌えるような曲はないと思うんだけど。
「あのナビってBluetooth対応してないの?」
「してますよ……。あ、それでケイさんの手持ちから流せば良いのか」
「俺のコレクションで良ければね」
「もちろん良いですよ。じゃあ、ケイさんは車内BGM担当で」
「承りました」
わざとらしく畏まって答えてくれるのに、酔っ払ったテンションで俺も楽しく笑って。
ドライブ中はケイさんも暇だろうし。できることがあればお任せした方が良いはずだ。
俺も自分だけ趣味を楽しんでいる罪悪感が薄れるしね。
ケイさんが今夜の宿に取ってくれたビジネスホテルは、室内にユニットバスは当然付いているけれど大浴場も用意されていて、そこまでは浴衣でどうぞという日本人に優しい設計だった。
他になければユニットバスでも良いけど、あのシャワーカーテンで切られた狭いユニットバスって苦手なんだよね。
風呂はゆったり入りたい。日本人気質全開だ。
ケイさんも気持ちは同じだそうで、宿を探す時の選択条件に大浴場付きが挙がるそうだ。
「国内のビジネスホテルならわがまま利かせても安いからねぇ。禁煙室が最重要で、大浴場付きで朝食付きは優先度高めだよね。ベッドがセミダブルだったりするとなお良しってところ」
「ケイさん、そんなにデカくないじゃないですか」
「ゆったり寝られるって大事だよ。ホテルのベッドってシーツがピッタリ敷かれててマットレスの下に巻き込まれてるから、引き剥がすのめんどくさくてなぁ。ベッド広いと全部引き剥がさなくてもゆったり寝られる」
案外面倒くさがりさんな理由だった。
いや、確かに面倒だけど。俺もほとんど剥がさず潜り込むタイプだ。だって、あれはけっこう力が要る。
今夜の宿はツインルームだからかシングルベッドだった。部屋もだいぶ狭め。
まぁ、駅に近いし仕方がないんだろうな。
荷物を整理して浴衣に着替え、ひとまず風呂に向かう。ビジネスホテルなら洗濯機もあるし、後日のために今日着た服を洗濯しておきたい。
風呂場は偶然にも無人だった。わざわざ風呂のために部屋を出るのが面倒だと言う人にも遭遇したことがあるから、人気がないんだろうかと思う。
ところで。連日一緒に入浴しているとケイさんの裸も見慣れるわけだが、そうして緊張感が薄れたせいか、とんでもないことが気になるようになった。
「ねぇ、ケイさん」
「んー? どうかした?」
「ケイさんって、俺の裸見てその気になったりするんですか?」
「はぁっ!?」
隣り合ったシャワーで身体を洗っていた時にする質問じゃなかったな。
ひどく驚いたようで、座っていたバスチェアがガタリと音を立てた。
反応が気になってケイさんを見たら、慌てて手拭いを股間に押し付けるのがみえた。
あれ?
「か、カズくん……」
「え、はい」
「あのね、一応、俺、我慢してる」
「う……。ごめんなさい」
愚問だったようです。
だってさ。口説く宣言したわりに涼しい顔してるし、一緒に風呂とか気にしてないみたいだったから。
肉体関係とか意識してないのかな、と思ったんだよ。
思うよね、あれだけ平然とされていれば。
「正直に言えば、今だって触りたいと思ってるし、カズくんを俺でヨがらせてあげたいとか、思ってるよ」
「……えええぇぇぇ」
「なんでそんなに引くかな。男だもの、当たり前じゃない」
そりゃ、ケイさんは俺なんかより男らしい人だけど。
だって、ねぇ。
「相手、俺ですよ?」
「他の人相手にする気はないけど?」
断言ですか。
ちょっと憮然とした顔で、こちらを見るケイさんの目がマジだ。
バスチェアごとちょっと逃げてみた。
「なるほど、今まで本気で取られてなかったんだね」
「え、いや、えっと」
「試しに、今夜シてみる?」
え。
……はぁ!?
「し、シてみるって何を……」
「決まってるだろ。惚けても無駄。分かってるくせに」
ニマニマとわざとらしく笑いながらからかってくるケイさんが、ちょっと怖い。
猛獣に目をつけられるってこんな感じ?
普段は草食動物っぽいのに。
愛敬あって優しくて獰猛な肉食動物……。熊か、この人。
「ほら。さっさと泡落として風呂入んないと風邪ひくよ」
言いながら、シャワーかけてくれるわ浴槽までエスコートしてくれるわ。
下心あるにしてもこれだけ甲斐甲斐しいと、もうどうにでもして、という気分になる。
いやいや、待て、俺。
現在ただ今貞操の危機だからな!
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