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【連休7日目・昼】

 昼食は、あっさりしたものが良い、という俺の希望で和食になった。  長崎の海の幸をふんだんに盛り付けた海鮮丼。昼間っから贅沢だ。  正面で同じものを食べながら、今さら気がついたようにケイさんが首を傾げた。 「そういえばカズくん、もしかして脂っこいもの苦手なの?」  それは、昼食の選択肢の話だろうか。場所柄洋食の店の方が多いのに、わざわざ和食処を選んだのは俺だ。  ケイさんが何でも良いっていうから仕方なく俺の独断を通したんだけど。 「そうですね。動物性油脂分を受け付けないもので、胃もたれするんですよ」 「まだ若いのに」 「いや、年齢関係ないですよ。ガキの頃からずっとなので」  自宅で食事をするときは他の家族に合わせなくてはいけないから多少無理して食べるんだが、胃薬は必須だ。  惣菜の揚物など鬼門中の鬼門。胃もたれ胸焼けでその日1日ぐったりしてしまう。  揚げ物自体は嫌いじゃないんだけどね。唐揚げとか素揚げなら問題ないし。  反対に焼肉や豚ロースのソテーなんかも受け付けない。なので、豚カツなんて絶対口にしない料理だ。 「へぇ。本当に体質の問題なんだ」 「固まってる動物脂がダメみたいで。小学生の頃はバタークリームのケーキ食って戻しましたし。脂っこいものそのものは好きなんで、当たらず安全に味わうのに一苦労です」  好き嫌いも多いし体質に合わない食い物も多いしで、俺の食の選択はけっこう面倒くさい。  口当たりがホクホクする豆類やさつまいも、南瓜、栗は単純に口に合わなくて避けるし、赤い着色がされる漬け物類も酸っぱさが苦手。極端な刺激性の味覚は全滅で辛いのも酸っぱいのも甘ったるいのも食べられない。で、動物脂が体質に合わない。青臭い生野菜と酸味の強いトマトもダメだ。  そう自己申告したら、反対に何が食べられるの、と笑われた。  何が、といわれると、案外何でも食べられるんだけど。ちなみに、魚と根菜と葉物野菜を使った和食は問題ないから、田舎料理とか大好物だったりする。 「俺の食の好みってさらに面倒くさいところがあってですね。トマトは煮ても焼いても生でも食えないくせにイタリアン好きだし。辛いもの食えないけどカレー好きだし」 「それは確かに面倒くさい。でも、それってつまり、メニューを選べば何料理でも食えるってことか」 「そういうことです」  だから、グループで食事に行く際は食べられないものを申告しないようにしている。  食べられないところだけ避ければ良いんだ。問題ない。 「辛いもの苦手なわりに、ワサビ全部使ったね」 「ワサビとカラシは刺激の方向性が唐辛子とかと違いますからね。ワサビって辛くはないですよ。鼻にツーンとするだけで」  まぁ、ワサビの鮮度と擂りかたの問題だけど。生のワサビなんてむしろ甘いからね。  そのツーンとするのが辛いっていうんだよ、とケイさん大爆笑。新鮮な甘いワサビを食べさせてやりたい。  昼食を済ませたら本格的に施設見物に繰り出す。  近いところから気になった施設を手当たり次第、だ。  ということでまず向かったのは美術館。  入り口からして、ここは王宮ですか、という建物だ。  九州北部は焼き物の産地が多い。美術館の展示物もそれに応じて焼き物が多い。  んだけど、さすがは伊万里焼に有田焼。目にも鮮やかで実に豪華だ。  展示物をじっくり眺めてほけーっとしてしまう俺に、ケイさんは根気よく付き合ってくれた。  ケイさんもちゃんと楽しんでてくれるなら良いんだけど。ただ待たせているなら申し訳ない。  美術館を出て次の目的地へ向かう間も見える景色は異国情緒溢れすぎで、俺なんかは絶えずキョロキョロしてしまうのだけど。  その俺の手を引いているケイさんはニコニコ微笑むばかりだ。 「カズくんって、ホントに多趣味だね」 「なんですか、改まって」 「だって、美術館巡りとかも好きなタイプでしょう?」  はい。好きなタイプですよ。  次に向かっているのもまたもや美術館だし。今度はガラス細工の。 「それって、多趣味っていうのと関係あります?」 「あるだろ。美術品鑑賞も世の中じゃ立派な趣味だ」  そうか。言われてみれば、そうかも。  いや、でも、綺麗なモノを見るのは人間誰しも好きだと思うんだけど。 「美術品自体も見ていて目に気持ちいいから好きなんですけど、むしろ俺は美術館という建物が好きかもしれないです。なので、部屋自体が芸術品だったり、見目麗しい庭園が整備されてたりすると、しばらく動けないですね」 「へぇ。じゃあ、庭園美術館とか最高だ」 「庭園型だと写真撮らせてくれるんで、それも嬉しいところですね」  今まで行ったことのある中では、最高峰が島根の足立美術館。館内を巡りながら、館内展示も窓から見える景色も芸術品という、トータルで美しい美術館だった。  窓から見える景色というと、箱根の成川美術館もなかなかだったけど。 「あぁ、そうか。現存天守制覇なら松江も行ってるよね」 「あそこは偶然なんですけどね。出張で近くに行く機会があって、せっかく週末だったんで延泊したんですよ」 「よく会社が認めたね」 「支払い金額が必要交通費と必要宿泊日分の領収書なら往復の日付は問わないって言質取りましたから」  おかげでほぼ諦めていた観光名所を予定詰め込んで回ってきた。  松江城に出雲大社、境港の妖怪ストリート、足立美術館に備中松山城まで。 「2泊2日で!?」 「中車中泊で」  流石に備中松山城は遠かったから。住所的には岡山県だ。  無茶するなぁ、と半ば呆れられたけどね。滅多にない機会は有効活用せねば。  まぁ、いくら俺でも夏場でなければ防寒の準備もなくレンタカーで車中泊なんて無謀はしないよね。 「なるほどねぇ。そんなことできるくらいタフじゃないと四国九州をマイカーで巡ろうなんてしないよね」 「流石に長期休暇じゃないと踏ん切れませんよ。今回はホントに連休前日に降って湧いたみたいな連休なんで、実はいつ呼び戻されるかってドキドキしてます」 「会社コワいね……」 「サラリーマンの悲しい現実ですよ……」  でも、まぁ、長期休暇が取れるのは週休2日制が確保できるサラリーマンの特権でもあるから。  公務員に次ぐ安定職だし。 「まぁ、責任軽いのがサラリーマンのメリットではあるよね」 「無責任にも長期遠方旅行なんてふらっと行けますもんねぇ」 「自営業だとなかなか、ね」 「その自営業に、なるんでしょ? ケイさん」 「そうなんだよねぇ」  この旅行が終わったら、俺とケイさんはどうなっちゃうんだろう。  ただでさえ遠距離なのに、ケイさんは異業種に転職するようなもんで、今のところまったく先が見えてなさそう。  近くにいて支えてあげられるならそうしたいけど、今の仕事に遣り甲斐もあるし。職場は東京、熊本に縁はない。  せっかくイイ人に巡りあったのに。急に不安が押し寄せてきてしまった。 「まぁ、今しんみりしててもしょうがないし。今日は楽しもう!」  さぁ行くよ、と張り切って手を引いてくれるケイさんに俺もついていく。  結局、ケイさんが進む道に俺が合わせるしかないのだから、俺が悩んでも仕方がないんだし。  いつのまにか辿り着いていたギヤマンの美術館がある場所は本当にヨーロッパの街の中のようで、現実逃避に一役買ってくれたのは言うまでもない。

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