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【連休7日目・夜】
興味を引かれたシアターアトラクションを見てまわり、子どもに混じって巨大迷路をうろうろし、休憩がてらカフェで早めの夕飯を摂ると、すっかり日が暮れてしまった。
街並みを照らすライトアップが良い雰囲気を醸し出していて、園内はずいぶんと明るい。
ここは夜景も凝っていて、要所要所にイルミネーションが施されているから、夜の散歩は大人のデートコースに最適だ。
そんな夜景を一望しようと、展望台に上がることにした。
流石に平日は客も少なく、全体を眺められる良い位置を陣取る。周りもたっぷり空いているから、しばらく動かなくても他人に迷惑をかけることもなさそうだ。
「綺麗ですね」
「あぁ。カズくんが」
「ちょっと、何少女漫画な返答してるんですか」
クスクスと先に笑ったのはケイさん。やっぱりわざとだったらしい。
俺も一緒に笑う。女の子が相手ならともかく、俺に綺麗の形容詞は無理があるよ。
確かに今日は1日完璧なエスコートで楽しませてもらったけど。
反対に気を遣ってばかりだったケイさんは疲れてないのかな。
ふと気がついて、斜め後ろから覆い被さるように立っていたケイさんを振り返る。
ばっちり目が合った。
振り返っただけなのに目が合うってことは、ケイさんは夜景じゃなくて俺を見てたってことか。
気がついたらぶわっと恥ずかしさが襲ってきたんだけど。
「カズくん? どうした?」
平然とキョトン顔のケイさんが首を傾げているけれど。
見つめられていたこと、誤魔化されませんからね。
「夜景見ましょうよ、俺じゃなく」
「だって。カズくんが可愛いのが悪いよ」
「また言う。可愛くありません」
「俺には可愛く見えるんだから良いだろ。本人でも否定されたくないな」
いや、うん。
甘い声で囁かれてるのは充分承知しているし、その声がぞくりと背筋をくすぐっているのもわかるんだけども。
ちょっと甘ったるすぎじゃないかな。気障っていうか、なんていうか。
呆れた表情で見返してやったら苦笑されたけど。自覚ありか。
「でもね、カズくん。何でそんなにかたくななんだ。確かにカズくんはそこらにいそうな普通の男性だと思うよ、俺も。でも、可愛く見えるのは俺の主観なんだよ?」
じっと俺の顔を見て、手を握って、切々と訴えてくる。
可愛く見える、が主観ってどういうことだ。
可愛い、は不特定大多数の人間が共通認識できる、対象を評価する言葉なんじゃないのか。
「例えば、美しいとか醜いとかは、何かの評価基準に照らして基準以上、以下と判断した物に当て嵌める言葉だろう。でも、可愛いは少し違う。それを判断する人間の愛護心とか庇護欲とかを掻き立てられる対象に当て嵌めるものだ。だから、愛しい恋人を言い表す主観的な評価に使う言葉だと俺は思うんだよ」
どんなに不美人さんだって、どんなに太っちょさんだって、その人を愛しく思う人間からすれば可愛い人に違いない。可愛いと思う感情を否定されたら、そりゃあ気分良くないだろう。
確かにその通りだ、と納得してしまった。
「ごめんなさい」
「いや、謝らなくて良いんだ。ただ、俺に可愛いと思われてるのは自覚して欲しい。分かった?」
「はい」
自分が可愛いかといえば、まさかそんなわけは微塵もないけど。ケイさんにとって可愛い対象なんだと理解するくらいなら、許容範囲。
今後は否定だけはしないでおこう。
「うん。良い子だね」
「む。今度は子ども扱いなんですか?」
「年下の自覚はあるんでしょう? さっぱり敬語止めてくれない」
「……うぅ……」
もう、唸るしかないんだけど。
年上の余裕で笑っているケイさんに、俺が出来るのは拗ねてそっぽを向くくらいだった。
今夜ケイさんが取ってくれたホテルは園内のほぼ中心にあるホテルだった。
先ほど見下ろしていた夜景の一部だ。
パスポートは今日1日分しか買ってないしどうするんだろうと思ったんだけど、チェックアウト後は出口直行のバスで送ってくれるらしい。
昨夜予約という直前だったのに、割り当てられた部屋が上層階で夜景の楽しめるメイン通り側で、バストイレ別のセミダブルベッド2台というツインルームだったのには驚いた。
これがこのホテルの標準仕様なのかもしれないけど。場所柄リゾートホテル仕様だろうし。
隣は空き室なのかまだチェックイン前なのか、両隣とも物音がしない。
このまま誰も来ないと嬉しいけど、平日とはいえ流石にどうだろう。
今日これだけ頑張ってくれたケイさんが、今夜何もしないで寝るとは思えないし。
まだ夜も早い時間だ。当然の流れと覚悟は出来てる。
景色も良いし窓側どうぞ、と譲られたベッドに倒れこんでいると、風呂の支度をしていたらしい音を立てていたケイさんが同じベッドに腰掛けたのが分かった。一部だけ沈みこんだから、多分座ったのだろう。
カーテンが開けられたままの窓から夜の街灯りが良く見える。
「カズくん」
「はーい」
「良いお返事のカズくんに事務連絡だよ。明日はうちの実家にご招待します」
何ですと。
思わずガバリと起き上がった。そりゃそうだ。恋人ごっこ始めてから数えてもまだ丸3日の出来立てほやほやで、ご実家にご挨拶ってことでしょう。
「ムリムリムリムリ」
ブルブルとたくさん首を振りまくりながら。
伊達にコミュ症自称してません。ご両親に何か失礼をすること必至だ。
そもそもまともに会話が出来ないってのに。
大慌ての俺に、ケイさんは苦笑しつつ両手で頬を挟んで首を止めてくれた。
「カズくんカズくん、安心して。友だち連れていくって話してあるから、気楽にしてて良いんだよ」
気楽に、って。超ハードル高いんですが。
「話の相手なら俺がするし。ちょっと挨拶して、後はニコニコしててくれれば大丈夫。むしろ、振る舞われた食事と酒をいつも通り美味しそうに平らげてくれればそれで万事OK」
いやいや。なんという無茶振りでしょうか。
諦めてねと迫ってくるケイさんの顔が鬼畜生に見えます。
そんな一面知りたくなかった。今はまだ。
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