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【連休7日目・深夜】

 鬼か悪魔にでも変身したらしいケイさんにひょいひょいと操られて、気付けばケイさんに後ろから抱っこされて湯槽に浸かっていた。  なんという手腕だ。  いや、現実逃避に邁進していた俺が悪いのか。  広めの湯槽も男2人で浸かるとさすがに狭いのだけど、密着しているおかげで身動きできる程度。  そのかわり、密着しているおかげでケイさんの息子さんの状態も腰骨あたりで感じてしまう。  臨戦態勢なんですね。  仮にも恋人と密着してればそりゃそうか。 「お? カズくん、気がついた?」 「……気がつきました」  別に気絶してたわけではないですが。放心状態じゃ似たようなものか。  そんな間の抜けた返事をする俺の頭を、ケイさんは良い子良い子とするように撫でてくれる。 「そのまま浸かっててね」  はーい、と小さく手を挙げたのを確認して、ケイさんは湯槽を出ていった。  途端に背中が心許なくなったのは、放心状態だった俺を背凭れになって支えてくれていたからなのだろう。  個室だから当然シャワーはひとつしかなくて、ケイさんが頭も身体も手早く洗っていくのをぼんやりと眺める。  わしゃわしゃと手を動かすたびに動く背中の筋肉に見惚れているうちに、その背中に触りたくなって無意識に手を伸ばしていた。  身体を洗っている手と伸ばした俺の手がぶつかって、双方ともにビックリ。 「どうした?」 「……えーと、あの……」  うーん、どうしよう。無意識だったから言い訳も思いつかない。 「ん?」 「背中……」 「洗ってくれる?」  お、その手があった。  打開策の提案に一も二もなく飛び付いた。  そこからで良いよ、と湯槽に浸かったままの俺にスポンジを渡されて、膝立ちになって手を伸ばす。  触ってみたら、みっしりした筋肉は思った以上に硬かった。  男から見て、大変羨ましい。 「ケイさん、どうやって鍛えてるんですか?」 「特に何もしてないよ。仕事上、パンフレットやら試供品やら持ち運ぶから、それなりに腕と足腰は鍛えられるけど、そのくらい」  それだけで筋肉付くのかな。想像が追い付かない。  そもそも小さい頃からインドア派な俺が筋肉をまともに纏った覚えもないのだから、無い物ねだりというものか。  広い背中を気がすむまで撫で擦ってスポンジを返すと、シャワーで全身を洗い流したケイさんに手招きを受けた。  風呂の縁を乗り越えかけたところで手を引かれ、転びそうになってケイさんにしがみつく。 「危ないですよ」 「ごめんごめん。さ、ここに座って」  全然反省してる素振りもないケイさんにちょっと呆れつつ。  ここに、と指差されたのは先ほどまでケイさんが座っていたバスチェアだった。  素直に座った途端、頭からシャワーをかけられた。後頭部側だから顔にはかからないけれど、ビックリはする。  無言実行のケイさんを見上げてみたら、楽しそうなニコニコの表情でシャンプーに手を伸ばしていた。  どうやら洗ってくれるらしい。 「至れり尽くせりですね」 「いやいや、可愛い子には最大限尽くすもんでしょ。流石に顔は洗ってあげられないから自分でよろしく」 「背中流してくれれば後は自分で洗いますが?」 「ダーメ。俺の楽しみ盗らないで」  盗るとかそういう問題ではなく。ケイさん、本当に楽しそうではあるが。  先に顔洗ってね、と俺の手のひらに洗顔フォームを絞り出してくれる。  旅行携帯サイズの女性用化粧品パッケージ。そういえば、男性向け洗顔フォームの携帯用って見たことがない。  洗顔フォームとシェービングジェルは携帯用があると便利なんだけど、と朝晩の一時だけ思うんだよな、いつも。薬局にいる時は忘れているから全く解決しないヤツだ。  ケイさんも昨日まではシャンプーで顔まで一緒に洗ってた気がする。 「いや、自分なら別にシャンプーでもボディシャンでも気にしなかったんだけどな。昨日カズくんが顔洗うのにどれ使うか迷ってたの見て、普段は洗顔料使ってんだろうなって思ってさ。今日薬屋行ったついでに買ってきた」  つまり、自分のためじゃなくて俺のためか。ケイさんの気の利き具合はホント脱帽。  シャワーからお湯をもらって泡を流してさっぱりして、改めてお礼を言う。助かります。  ていうか、女性用洗顔フォームってちゃんと落ちるし突っ張らないし、良いなぁコレ。普段から男性用というよりは家族利用向けの洗顔フォーム使ってたけど、こっちの方が洗いあがりしっとりして良いかも。次はコレにしよう。  宣言通り頭にシャンプー泡立てて洗ってくれるケイさんの手の力にマッサージされながら、さっき使った洗顔フォームの裏書きを眺める。  何やら色々入っている成分表示を眺めても、さっぱり分からない。 「何か気になるの?」 「男用とどう違うのかと思って。見てもさっぱり分からないですね」 「メントールが入ってるか植物性保湿成分が入ってるかの違いかな、大まかに言って」  断言されたのに驚いて振り返った。すぐに正面に戻されたからケイさんはほとんど見えなかったけど。  下向いて目を閉じて、と指示されて従うとすぐにシャワーがかけられる。おかげで会話も一時中断。 「家族全員で使えますって方向で宣伝されてるのは女性向け商品の廉価品でね。化粧落としを除けば、シャンプーでもボディーソープでも洗顔料でも、女性向けは家族で使えるけど男性向けを女子どもは使わないだろ?」 「確かに、言われてみれば。女性向け商品の方が棚が広いな、とは思ってましたけど、子どもも男も使いますよね、そっち側」  かく言う俺も選ぶのはそちら側だし。  ふむふむ、と納得して頷くのにケイさんが背後でクスクス笑っているのが聞こえる。  しかし、やっぱり疑問なのだけど。 「何でそんな詳しいんですか?」 「薬品屋の営業だったからだよ。専門分野」  なるほど。 「……えっ!?」  チーム営業と聞いていたからもっと大がかりな商品かと思ったのに。まさかの生活用品とは。  思い込みって怖い。

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