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【連休8日目・朝】

 何となく目が覚めて、欠伸して、目を開けてみたら、部屋の中が明るかった。  照明ではなく、窓から入ってくる明かり。  いつベッドに入ったのか思い出せないんだけど、朝のようです。  寝返りうったら柔らかい塊にぶつかって、呻く声が聞こえた。  一緒のベッドに眠っていたらしい、ケイさんだった。  そっとベッドを抜け出して荷物の中に放り込まれたままのスマホを見れば時刻は6時少し前。昨夜充電し損ねたので電池残量も微妙で、急いで充電セットする。  下着は着ていないけど浴衣は着せられていて、昨夜あれから気を失ってしまったらしい俺にケイさんが色々してくれたんだろうなと分かる。  まぁ、寝てしまった原因もケイさん自身だけどな。  まだ起きるには早い時間だし、と思いながらも、鞄から着替えを出してバスルームに向かった。  目覚めの朝シャン習慣は元々無かったけど、なんとなく。  湯を抜かれた湯槽が目に入って、途端に昨夜のアレコレをわざわざ詳細に思い出す自分の頭脳が恨めしい。  顔が火照るのを誤魔化すように、立ったまま寝癖の付いた髪をガシガシ洗っていたら、背後でドアが開いた音がした。  背中から抱き締められて手を止める。 「おはよう、カズくん」 「おはようございます」  寝てる隙を狙って来たのに、目が覚めたらしい。寝起きで少し掠れた声が色っぽい。 「昨日は無理させてゴメンね。頭痛いとか気持ち悪いとか、無い?」  手が止まった俺の代わりに頭を洗ってくれながら体調を聞いてくるケイさんの心配そうな声で、意識が飛んだまま目を覚まさなかった俺を心配してくれたんだと分かる。  頭をクシャクシャされながらだから首振っても多分伝わらないので、代わりに笑って返した。 「大丈夫ですよ。昨日はお手数をおかけしました」 「いやいや。お人形遊びしてるみたいで少し楽しかった」 「……ケイさん」 「カズくん本人は湯中りで倒れてるのに不謹慎だけどねぇ。顔色悪くなかったからそのまま寝ちゃったんだろうと思ったし」  つまり、あんまり心配してなかったんだな。なら良かった。余計な心配はさせたくないからな。  それから、洗いにくいから、とバスチェアに座らされてそのまま洗ってもらって、先に風呂場から出された。  昨夜湯中り起こしたばかりだから、蒸されるのは良くないだろう、って。  旅行前日に短くした髪をドライヤーでざっと乾かし身仕度を整えた頃に、ケイさんも風呂場を出てくる。  まだ朝食には早い時間で、改めてベッドに寝っ転がってタブレットを開いた。  昨日の夜景も写真は撮りまくったものの、三脚は持ってきていなかったため8割方手ぶれしているはずだ。暇なうちに手ぶれの酷い写真を削除しておこうと思う。  昨夜はカメラの電池残量ギリギリまで写真を撮りまくっていたため、確認してみたら枚数が500枚に近かった。どんだけ熱中していたのかと自分で呆れる。  身仕度を終えたケイさんも俺の隣にどさりと寝転がってきて、一緒に画面を眺めだした。 「三脚無くて、って昨日はカズくん凄く悔しがってたけど、良く撮れてるな」 「夜景の光量が半端無かったおかげですね。遠景はやっぱりずいぶんボケてましたよ」  手ぶれというのは結局シャッタースピードが遅いせいで起こるものだから、短い時間で取り込める光の量が多ければそれだけシャッタースピード早くても撮影可能だし、手ぶれのリスクも減る。  三脚が無いときは手摺りとかに置いて静止させた状態で撮るようにしているけれど、それでも失敗率はやはり高いのだ。  全く揺らさずに撮るなら、三脚とケーブルレリーズは必須だ。俺はそこまで本格的にカメラを趣味にする気はないから、安くて軽い三脚しか持ってないけど。  手ぶれの酷いものやオートフォーカスが行方不明のものを消していったら、枚数は3分の2ほどに落ち着いた。  時計を見れば間もなく7時で、スマホの充電ランプも消えていて。  タブレットを片付けて出かける準備を済ませれば、その間に自分の支度を済ませたケイさんが部屋の鍵を持って待っていた。  朝食を済ませてチェックアウトし、園内バスに揺られて駐車場に戻ったら、時刻は8時半に近かった。  今日は長崎観光で、とケイさんがナビを設定してくれて、指示に従って出発する。  佐世保から橋を渡り、入り組んだ半島に作られた内海を回り込んで、向かうのは長崎の歴史遺産巡りだ。  湾沿いの国道から長崎市内方面へ川沿いに入って行くと、道路標識に観光名所案内が見えてくる。 「やっぱり原爆関連施設が多いですかね」 「この辺は爆心地だからね。県庁の方に行けばまた違うよ」  県庁の方ってどの辺だ?  県外どころか関東ナンバーなうちの車は流石に目立つらしく道行く人や前後の運転手の視線を集めながら、首を傾げる。正直、土地勘皆無だ。  ナビの弊害だよな。全体地図が脳内に無くても目的地に辿り着けるかわりに、東西南北すら分からない。  そんな話をしつつもナビに従って辿り着いたのは、平和公園だった。  長崎に来たら原爆史跡は見ておかないと、とケイさんは言うけれど、俺も激しく同感だ。  公園内には、長崎といえば、というくらい有名な平和記念像や近所にある浦上天主堂の廃墟を移築したものなどが置かれてあって、平和を祈念する空気を宿していた。  といっても大部分は普通の公園で、平日の午前中となれば人影もほとんど無い。  長崎のほのぼのとした公園とくらべれば、原爆ドームがすぐそばに残された広島の平和記念公園は視覚的に象徴的で取り沙汰されやすいのも仕方がないかと思う。  どちらも優劣ある訳じゃない被曝地だけどな。  平和記念像に向かって頭を垂れ、少し慰霊の祈りを捧げた後は、次の目的地に移動。  の前に、近くにカステラ屋があるから寄って欲しいとケイさんに頼まれた。  今夜はケイさんの実家に宿泊予定だからその手土産と思えば、むしろそれは俺に買わせて欲しいと譲れない。  近い順に、とケイさんが次の目的地に指定したのは、眼鏡橋だった。  日本三名橋のひとつ。  煉瓦サイズの石を組んでアーチ状に作られた橋は、川面に映る逆さまの橋と合わせて確かに眼鏡のように見える。  明治の建造物かと思っていたけれど、説明を見たらもっと古くて寛永年間だった。もろ江戸時代だ。  古いものが好きな俺にはもちろん大好物で、色々な角度から橋を撮りまくった。はしゃぐ俺に呆れないケイさんはマジ紳士だ。  流石に連日の旅程で慣れたかな。  同じ川沿いは石橋だらけで、橋を眺めて回るだけでも面白い。  川沿いに車を走らせて橋を眺めて海の方へ向かう。俺が運転手のうちはカメラはケイさんにお任せする。  そうして次に向かったのは、長崎観光名所の代表格であるグラバー園、ではなく大浦天主堂。  元々隠れキリシタンの多かった長崎はキリスト教徒迫害の歴史を残す土地でもあって、それにまつわる歴史が残っている教会なのだそうだ。  その隠れキリシタンの一人がこの教会にやって来て、自分も同じキリスト教徒だと告げたことから、実はたくさんいた隠れキリシタンたちが次々見つかったとかで、その事件を「信徒発見」だとか「東洋の奇蹟」だとか言うらしい。  けど、ちょっと待って欲しい。  確かに迫害に耐えて先祖代々守り抜いた信仰者たちはスゴいかも知れないが、「発見」とかどんな上から目線だ。むしろ解放とか救出とかそっち系の話だろう。  国宝にも指定されているその天主堂は、さすがカトリック教会というべきか、荘厳な雰囲気だった。  現存する最古のキリスト教の教会なのだそうで、年号的にはまだ江戸時代の築っていう。木造建築で洋式の内装でその築年数は普通にスゴい。  これまた平日の恩恵で人の少ない礼拝堂の中は、ただぽけーっと眺めているだけでもあっという間に時間が過ぎてしまう。 「そろそろ行こうか」 「そうですね。お待たせしました」  時計を見ればもう昼時で。  今日は熊本まで行かなくちゃだし、そろそろ移動する時間だろう。  熊本城もゆっくり堪能したいし。  グラバー園見物できないのはちょっと心残りだけど。  軍艦島もいつか行きたい場所だし、今度は飛行機でまた来れば良いや。楽しみに取っておこう。 「昼メシはちゃんぽんで良いか?」 「もちろんです!」 「じゃあここで。出発!」  すっかりうちのナビくんに慣れたケイさんが手早く目的地をセットしてくれるのに任せていざ出発。  長崎といえばちゃんぽんでしょう。  俺は皿うどん派だけどな。

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