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【連休8日目・昼】

 ちゃんぽん発祥店だという店で流石美味い皿うどんに舌鼓を打った後、雲仙の麓からフェリーで熊本まで移動する。  長崎から熊本まで、入り組んだ湾沿いにぐるっと迂回する高速道路に乗ると3時間近くかかるらしい。フェリーでもあまり変わらないんだとか。  福岡から佐世保が1時間半くらいだったから、地図での見た目と実際の移動時間の違いに驚くくらいだ。  まずは高速と国道を乗り継いで島原方面へ。そこから便数が多くて時間も短いからと長洲行きのフェリーに乗り込む。  ケイさんがフェリーの時刻表とナビの到着予想時間を見比べて昼食の店を出る時間を調整してくれたおかげで、ほぼ待ち時間なしだ。  そんなわけで、熊本城に着いたのは16時を少し回った時刻だった。  大地震の被害を受けて石垣が崩れたり屋根瓦が落ちたりと大変な状態らしい熊本城は、復旧工事のため近くまでは行けないらしい。  そのかわり、というように周辺施設のあちらこちらに即席のビュースポット案内が出ていた。  前はここから中に入れたんだけどねぇ、とにわかガイドのケイさんが道案内してくれる。  観光名所の主要部分が軒並み立ち入り禁止なのは残念だけど、天守閣が小高い山の上に建てられているから下から眺めてもそれなりに見ごたえのある敷地だ。  一番の見どころは現状この場所以外見るところがないレベルのスポットで、平日とはいえ観光客も多い。加藤神社の境内から現存櫓である宇土櫓も天守閣も良く見えるんだ。  写真スポットはここくらいだよ、といわれれば、写真撮りまくりますよね。 「熊本城といえば築城の名手といわれる加藤清正公のお城なんだけど、清正公さんの手掛けた城って実はそんなに多くないらしいよね」 「俺は武蔵野の田舎者ですけど、築城の名手っていえば真っ先に太田道灌が浮かびますけどね」 「おおたどうかん? 誰?」 「江戸城作った室町末期の武将さんですよ。河越城もそうらしいです。今残ってる遺構は江戸時代近辺で拡張されてるとは思いますけど」  ちなみに戦国時代の幕開けと象徴される北条早雲より前の世代の人だ。関東管領だか古河公方だかに仕えた文武両道の。  今や皇居にすらなっている江戸城はもとは千葉抑えの砦だったと思うと、歴史って面白いよな。 「太田道灌というと、簑の逸話が有名ですね。突然の雨に降られて近くの家に簑借りに行ったら山吹の花だけ返されて追い出されたって話。聞いたことありません?」 「え、知らない。なにそれ、嫌がらせ? いや、嫌がらせなら逸話にはならないか」  教えて、と続くので、観光案内所にむかいがてら覚えていた話をケイさんに聞かせてみた。  この話、太田道灌というとセットで出てくるくらい有名な話なんだけど、洒落が効いてるのと後日談が我が身を振り返らされるもので、案外忘れられないんだよな。  ちなみに、落語なんだそうだ。  太田道灌はある日鷹狩りに出掛けた先で雨に降られてしまったらしい。山吹が咲いている時期だからまだ三寒四温真っ最中な季節、雨は冷たかっただろうと思う。  で、困った道灌と家来さんたちは近所の民家を訪ねて簑を貸してくれと頼んだとか。  ところが、そこに現れたのは幼い女の子で、山吹の花だけ渡して家に引っ込んでしまった。お母さんにこれを渡してきてと言いつけられたのか、子ども本人がそうしたのかは不明だけど、まぁ前者じゃないかと俺なんかは思う。  簑を借りに行ったのに花一輪手に入れても役には立たず、結局濡れ鼠で帰ることになって道灌は後日まで怒っていたそうだ。  そこへ、話を聞いた学識の高い家来さんの登場。それは多分後拾遺和歌集にある歌になぞらえたお断りだったんじゃないですか、と諭すんですね。  その歌が、「七重八重花は咲けども山吹の 実のひとつだになきぞ悲しき」というもので、つまりお貸しできる「みのひとつだに」ない貧しい生活なんです、という意味だったというわけ。  そんな貧しい生活をしていても豊かな教養があるのだと感心した道灌は、それから学問に励むようになったというお話だ。  今の教育だと和歌なんてほとんど触れなくてせいぜい百人一首を覚えるくらいだけど、その頃は学問といえば読み書き算盤がメインだから、つまり国語と算数しか学ばなくていい分知識が深いのだろう。  俺が和歌を諳じるとしたら、カーテンの向こうに色っぽいねえさんでも見えたときに「天津風雲の通ひ路吹き閉ぢよ をとめの姿しばしとどめむ」くらい。  エロ坊主全開だよな。共感するけど。 「案外普通にエロいんだね、カズくんも」 「いや、一応男ですからね、見ての通り」  男がエロくなきゃ人類滅亡の危機だろ。その気にならなくても物理的には性交渉可能な女性と違って、男はその気にならなきゃ役に立たない。  擦れば勃つ、なんていえるのはそもそも性欲逞しいヤツだけだ。よっぽど溜まってなきゃ擦ろうが舐めようがどうにもならないんだ、最低限の性欲がなきゃな。  断言できる理由は簡単。経験者だからだ。まだ高校生だった頃、脅迫に近い状況で擦られたり舐められたりされたことがあるんだ。  不良グループに目を付けられていた時期があってな。見知らない女の子とセットで衆人環視の中やってみせろとか囃し立てられたんだ。本人たちに性犯罪に手を染める度胸もなくて、俺に強姦させて笑おうって考えたらしいんだがな。俺がどうにもならなかったおかげで不発に終わったわけだ。  あれで飽きられたらしくて解放されたから俺自身は助かったって話だが、連れてこられた女の子はかわいそうだったな。恐い不良どもに脅されて見知らない俺みたいな男のモノをフェラさせられて。あの子はいったいどこの誰だったんだろうか。 「……ずいぶん濃い経験してるな」 「引きました?」 「その不良連中のえげつない頭の中身にな。カズくんも災難だったね」 「俺はまだ男だからマシですよ」  女の子はきっとトラウマになってるだろう。今となっては何も出来ないが、気の毒で仕方ない。  それはそうと、話は戻して築城の名手だが。  代名詞といえる人物はきっと城好きの誰に聞いても藤堂高虎を挙げるだろう。築城した数は群を抜いて多いし、大阪城やら江戸城やらと大規模な城の縄張りを手掛けている人物だ。  なんだけど。  天下の名城が誰にでも好かれる城かというとそういうわけではもちろん無く。  まぁ好みは人それぞれだよな、と思うんだよ。 「と、松山城好きのカズくんは主張するわけか」 「です。でも、やっぱり一番は松本城です。これ、不動でした」 「あれ? 戻ったの?」 「ちょっと考え直しましたよ」  気に入ったのは間違いないが、上位入賞とはいえ首位奪還までは行かない感じで。  あの月見櫓の威力だな。うん。 「熊本城は?」 「修復が終わったら考えます」 「近くから見れないのは痛かったか。じゃあ、20年後にまた見に来るんだね」 「そんなに間空けずにまた来たいですね」 「その時はまたお供させてね」 「考えておきます」  20年後か。先は長いな。  その頃には俺もケイさんも白髪の爺だ。  そんな頃までそばにいるのか、全く見えないけどな。

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