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【連休8日目・夜】

 熊本城の敷地内にある観光案内所で熊本城の紹介映像やら地震被害状況やらを見せてもらい、土産物屋でいきなりだんごという不思議なネーミングのお菓子をおやつにする。  その後で車は駐車場に置いたままケイさんの案内で市役所の向こうに広がる繁華街へ向かった。  百貨店から居酒屋まで揃った繁華街は18時を回っている時刻では人通りも多い。  そんな中を迷わず歩いていったケイさんは、牛丼屋が1階に入ったテナントビルの前で足を止めて首を傾げた。 「あれ?」 「どうしました?」 「いや、あれ? おかしいな。ちょっと待っててね」  困った顔でさらに首を捻って、おもむろに電話をかけ始める。  もしかして、迷子か? ケイさんの地元のはずだけど。 「あ、母さん? カズだけど。ちょっと聞こごたるばいが、店どこ行ってしもうたんだ? 牛丼屋あると……隣? 分かった、ありがとう」  うわぁ。今までバリバリの標準語喋ってたケイさんが方言使ってると、違和感がすごい。  ケイさんの方言事情は聞いてたからもちろん知ってるけど。普通に関東弁で話してた人がいきなり熊本弁喋ったらびっくりするわ。  こっちだって、と手招いて歩き出すケイさんに俺は大人しくついていくだけだ。ブツブツとケイさんが文句を垂れるのを珍しいと思いつつ聞きながら。 「店建て直すついでに引っ越すまでは聞いてたけど、店の場所まで移動するとか聞いてない」 「今まで里帰りしなかったんですか?」 「う……それを言われると返す言葉がないんだけどな」  特に大きな祝い事も法事も無かったため、仕事を言い訳に数年来疎遠にしていたらしい。  まぁ、家庭もない成人男性の実家への認識などその程度なのは分かるけどな。  俺も、実家を出て以来全く帰ってない。  そんな話をしながらテナントビル群をぐるりと回り込んで隣の路地に入り、先ほど立ち止まった場所のほぼ真裏にたどり着いた。  リカーショップ美作、と看板が掲げられた比較的新しい店がそこにあった。シャッターを閉めるための鍵棒を手にした初老の男性がこちらを振り返って笑っている。 「おう、おかえり、放蕩息子。そちらが話しとったお友達やなあ。いらっしゃい」 「ただいま」 「お世話になります」  歓迎してくれる言葉をもらって、こちらも深く頭を下げる。  まだ18時すぎで酒屋を閉めるにはまだ早い時刻なのだが、店じまい作業中のケイさんのお父さんらしいその人はすぐ終わるから少し待っていろと店内に入るよう勧めてきた。  シャッターには早じまいを知らせる張り紙がすでに貼られている。俺たちが訪ねてきたために閉店時間を早めてくれたのだと嫌でも分かる状況で申し訳なく思うのだけど。  店は5階建てのテナントビルの1階に入っていて、店の右手にあるエレベーターホールから上階の店に入れるようになっていた。  2階は喫茶店、3階は英会話教室、4階は何かの会社事務所、5階はダイニングバーと、入っているテナントに共通点が全くない。風俗店や居酒屋が入っていないため騒音の心配がないくらいが共通点か。  前情報でこのビルの持ち主が美作家だと聞いてはいたから、立地といい店子といい、酒屋をやめても生活していけそうには見える。ケイさんが後を継がないならそのまま酒屋を廃業する予定だったというのもこれなら納得だ。  酒屋の店内は8割がアルコール類、残りが割りものやつまみ類といった一般的な配置だった。酒の種類は土地柄か焼酎が多いように見える。  関東にはなかなか回ってこないレア物もあって、棚を見て回るだけで実は楽しい。 「飲みたい酒とかあった?」  店の奥で何かしていたケイさんがいつのまにか隣にいてそう聞いてくる。手には分厚いバインダーとボールペン。帰ってきて早々に店の手伝いをしているらしい。  俺が焼酎好きなのは知っているから、ケイさんも陳列棚を物色し始める。 「このお店、ご両親だけでやってるんですか?」 「まさか。こんな繁華街のど真ん中じゃ従業員いないと回らないよ。店番はシフト制のバイトと親父か古株の社員の2人体制で、その他に専任の配達員が3人いるって聞いてる。経理とか事務は元々母さんの仕事で、今は兄嫁が手伝ってくれてるらしいよ」  なるほど、少人数ながらちゃんと会社の体なわけか。  だとしたら、店を閉めてしまうと従業員さんが困るんだな、とは分かった。それに、取引している飲食店も困るだろうね。  しかし、それにしても。 「手が足りてないんですね」 「店番なんて基本暇なんだから、掃除してくれれば良いのにな」  ちょっと気になって控えめに話を振ってみたら、ケイさんからはズバリ返ってきた。  あまり出ないらしい在庫の酒瓶が埃を被っていた。折角の品揃えなのに、この瓶ではさすがにちょっと購入に躊躇する。  本数の出るビールや安いワインなら回転が早い分埃を被る隙もないだろうけど。勿体ない。  店に入るようになったらまずは掃除だなぁ、とケイさんもぼやいている。 「カズくんがお客さんとして、この店どう思う?」 「品揃え良いなぁって思います。瓶コーラとかジンジャービアとか店頭では初めて見ましたよ。バーでは見ますけど」  洋酒も有名銘柄が取り揃えられていて、カクテル好きには大変嬉しい棚構成だ。むしろ安酒があまりないのに驚く。  大型リカーショップならともかく、町の酒屋さんという規模の店でこれだけの構成はなかなかスゴい。  うちの近所にあったら多分ちょくちょく立ち寄ると思うな。晩酌が増えそう。  これで瓶の肩が埃で汚れてなければ完璧なのに。本当に惜しい。 「あはは。なんか、誉められ過ぎな感じ」 「そうですか? 本心ですけど」  むしろこの店を継ぐ人を相手にするにしては貶してる位に自己評価してるけど。  照れくさそうに笑って誤魔化すケイさんは、おもむろに目の前の焼酎を1本手に取り、そばを離れて行った。  レジカウンターでお父さんとやり取りしていたケイさんに、そろそろ移動するよ、と手招きされる。 「親父も車に乗せてってくれるかな。家まで道案内頼むから」  道案内がいるということは、本当に里帰りしてなかったんだな、ケイさん。もしかしなくても、引っ越し後の家は初帰宅か。  裏口にあたるエレベーターホールの奥にある扉から外に出て、今度はお父さんも一緒にゆっくり駐車場まで戻る。  いつの間にか19時を過ぎていて、熊本城天守閣がぼんやりと夜闇に浮かんでいた。  道すがら、熊本を襲った地震の経験を語ってくれた。  熊本城や阿蘇山に至る道に出た被害と復興作業の現状を聞くと、どれだけの大地震だったかが良く分かる。  東北の大地震で東京もだいぶ揺れまくったから、大地震の恐怖は共感できる話だ。  あの数年は本当に自然災害だらけだったから、復興予算もあちこち分散してすごいことになってるんだろうな、と思うんだ。直接被災していない分他人事で申し訳ないけど。 「大地震って全く経験がないんだよな、俺」 「え? 関西なら淡路であったじゃないですか」 「ずいぶん前でしょ? あの頃はまだ九州にいたよ」  言われてみれば、そうか。俺もまだ小さかった気がする。 「東北の時も、本社は物資不足でバタバタしてたけど大阪はのんきなもんだったし。熊本の時は本当に他人事で、店の片付け手伝いたいからって有休で連休申請したらうちの上司に却下食らったし」 「それは他人事過ぎです。お店の被害も酷かったんじゃないですか?」 「あん時は仮店舗営業で表に出とった在庫が限られとったけん、そぎゃん深刻なほどん被害はなかったんばい」 「あ、じゃあ、建て替えって本当に最近なんですね」 「自宅ん方はもう5年になるけどな。こんバカ息子はまったく帰ってこん。困ったヤツや」  ぽこんと頭半分高い息子の後頭部を後ろから叩く父親に、ケイさんも苦笑するしかないようだ。それでも店を継ぐために帰ってきたところは孝行息子として評価しているらしく、お父さんも穏やかな表情をしている。  元々平日故に観光客が少なかった城址公園内は、日が落ちてめっきり閑散としてしまっていて、3人分の砂利を踏む音だけが聞こえる。  駐車場も俺の車を含めて数台しか残っていなかった。  その俺の車に付いたナンバープレートを見たお父さんが、ビックリした声を上げた。 「世田谷ナンバーか! 初めて見たばい。ずいぶんと遠か所までわざわざ来たけんだなあ!」  そういえば、ケイさんは俺のことをどんな友達だと紹介していたんだろう。今更ながら気になってしまった。

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