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【連休8日目・夜(続)】
道案内されて5分ほど走って着いたその家は、倉庫事務所を備えた小さな敷地の会社の奥にある平屋の民家だった。老夫婦が住むことを想定して建てた2LDKのこぢんまりとした造りで、息子がたまに帰ってきた時に泊まらせるようにと客間を空けてあるそうだ。
前面の敷地には酒屋の名前が印字されたトラックが2台停まっていて、事務所の電気も付いているからまだ誰か働いているように見える。
事務所の様子を見ていくというお父さんと別れて、平屋らしい引き戸の玄関前に立つと、チャイムを押す前に向こうから引き戸が開いてビックリする。
自動ドアなわけではもちろんなく、その向こうに人がいたのだが。
「あら。どちら様かしら」
ずいぶんと気の強そうな女性だった。予期していなかっただけに驚いてしまってリアクションが取れなかった俺と同じくケイさんも無反応で、彼女の方だけが怪訝な表情をする。
「ちょっと。聞いてるの?」
「……あぁ。少し驚いて……。主計です、お義姉さん。ご無沙汰してます」
「主計さん? ……あぁ、弟くんか、分からんかった。そういえば来るって言うとったね」
来客の予定を思い出したらしい彼女は、俺たちに中に入るように勧めながら家の奥に向かって声を張り上げた。
「お義母さーん! 主計くん来たー!!」
色々と行動がいきなりなのだけど、一応取り次ぎしてくれた彼女は、じゃあね、と簡単に手を振ってそのまま玄関を出て行く。
なんとも雑な行動をする女性だ。見知らぬ連れの俺は全く気にならなかったらしい。
去っていく彼女を見送ったケイさんは、ヤレヤレと言いながら首を振った。
「兄貴の嫁さんなんだ、彼女。初対面の時も随分礼儀のなってない娘 だとは思ってたけど、さらに酷くなってるな。あれでまだ猫被ってたのか」
紹介ついでにブチブチ文句を垂れるケイさんに、俺は他人事よろしく苦笑して聞く姿勢。それから、玄関先では何だから、と室内に上がることになった。
初めて帰宅する実家だけにケイさんも間取りを見回しながら奥に入っていくのを見送って、俺はこっそりお邪魔しますと声をかけた。
廊下の向こうからケイさんに手招かれて向かった先はどうやら台所のようで、三段ほどの脚立に座蒲団をのせた椅子擬きに腰かけた初老の女性が流しの前にいて、こちらを振り返ってにこやかに笑っていた。
「あたがカズが連れてくるって言うとったお友達やなあ。ようこそいらっしゃい。自分ん実家やて思うてゆっくりしてよかねっせ」
「瀧本香月です。お世話になります」
脚立の脇に杖を引っ掛けてあるから、おそらくは足を悪くしているのだろうその人は、名乗る俺に何やら嬉しそうに破顔一笑し、バシッと息子の背中を叩いた。
「ちょっとアンタ、こぎゃん良か子どこで見つけてきたと!」
「いやいやこぎゃんてまだ名乗っただけやわ」
「何言いよっと! 第一印象と第一声で人柄ん八割は分かるもんばい!」
第一印象と第一声で好印象を与えたことがないんですが、スゴいお母さんですね。
そうですか、と息子のケイさんも引きぎみだ。
なんとも上機嫌にニコニコするお母さんは、今日の夕飯は楽しみにしているように、と言い放ち、手伝うというケイさんや俺にひとまず荷物を置いてゆっくりしなさいと客間の場所を教えて追い払った。
確かに荷物はまだ車に積んだままなので、泊まる準備が先か。指示された通りに見つけた客間に手荷物を置いて、車に戻る。
トランクに積んである荷物とお土産の袋を荷下ろししているうちに、事務所から出てきたお父さんが合流する。
「母さんに挨拶は済ませたか?」
「うん。カズくん早速気に入られた」
「ん? カズくん?」
「あ、自己紹介が遅れてすみません。瀧本香月です」
今更ながらですみません、と思いながら頭を下げれば、お父さんからは驚いたような声が返ってくる。
「なんだ、カズコンビか。なら、主計んことばカズと呼んだら主計呼んどるんか嫁さん呼んどるんか分からんな」
「え、よ……っ!!」
ちょっとケイさん暴露したんですか!?
ビックリというかアタフタというか、だ。
お父さんに荷物持ちの手伝いを頼んでいたケイさんもトランクに手を伸ばしながら固まってしまったから、予期していなかったのは分かったけれど。
見るからに男同士だというのに何故そうなった。
こちらの反応にお父さんはイタズラが成功したかのように楽しそうに笑った。
「旅先で知り合うてそんまま同行しとる友達ば泊めよごたるって話聞いた途端、母さんとヨリちゃんが妄想爆発で盛り上がっとったばい」
「あの貴腐人どもめ」
「後でヨリちゃんもかせしに来てくるっけん文句は本人に言えや」
「そーする。はい、ここまでお土産だから、持ってって」
「おう、ありがとよ」
カステラに博多通りもんに梅ヶ枝餅に一六タルトに。今まで通ってきた観光地の銘菓がズラリ。旅程が長いからお土産品は見もしなかったので、これだけ銘菓が並ぶと感心する。いつの間にか買ってたのは知ってたけど、全部持ってくれたお父さんの手がいっぱいいっぱいだ。
そうか、そろそろ会社に持っていくお土産も考えなくちゃな。せっかく九州まで来たから九州らしい物が良いけど。
まぁ、最悪もみじ饅頭でも良いんだけど。
お土産繋がりから現実逃避していたら、先に家に入っていったお父さんを見送ったケイさんが最後に自分の荷物を下ろしてトランクを閉めてくれた。
さらに、足元に置いていた俺の荷物まで持ってくれるから、俺は荷物を追いかけてそのあとについていく。
「ケイさん、荷物良いよ」
「良いから良いから。車の鍵閉めた?」
「あ、まだ」
言われて慌ててリモコンを向ける。
バンという音と共にハザードが1回点滅した。
近所に住んでいるのだそうなお母さんの妹さんだというヨリちゃんさんが手伝いに来てくれて、足を悪くしているお母さんに指示してもらいながら俺もケイさんも台所を手伝って、今夜の夕飯の準備が整う。
メインは馬刺とガラカブのから揚げ、だご汁は馬肉を入れて桜鍋に、その他にも酒の肴になるようにと辛子蓮根やひともじぐるぐる、高菜炒めなどが並ぶ。
ケイさんが陶器のロックグラスに出してくれたのは、先ほど店でおもむろに持っていっていた球磨焼酎だった。
椅子が6脚並ぶダイニングテーブルに並んだ食事はどれも美味しそうだ。
長時間は立っていられないのだというお母さんが脚立を椅子がわりにしてまで台所に立って準備してくれた郷土料理の数々に、その歓迎ぶりが伝わってきて頭が下がる。
酒屋の一家だからなのか、家族全員がアルコールには強いようで、女性陣とケイさんは水割りで、お父さんと俺はロックでいただくことになった。
妻も息子も嫁も焼酎を割って飲む派でつまらなかったというお父さんが、手にしたロックグラスでたびたび俺と乾杯しながら飲んでいる。
「それにしてん流石アタシん息子やわ! ようやった!」
「いやいや母さん。まだ付き合い始めたばっかやけん。先んことは分からんばい、プレッシャーかけんで」
友達だと紹介されたはずの俺は、言い当てられて否定しなかったケイさんのおかげですっかり嫁扱いになっていて、お母さんは上機嫌で満面の笑みという不思議な歓迎ムードだった。
女性と間違えられているなら二人連れは確かに婚前旅行扱いされても普通の反応だろうが、俺は誰から見ても間違いなく男性的な平凡顔なんだが何故こうなった。
「えっと……、流石って……?」
「まぁ、昔から性別には寛容だったっていうか、むしろ彼氏連れてこいって言われてたっていうか。貴腐人、って分かる?」
「貴婦人、ですか? 良いとこの奥様的な?」
「腐ってる方の腐 ね」
「え、腐女子みたいな!?」
「あはは。女子って歳じゃあなかばい!」
豪快に笑ってくれるお母さんと楽しそうに見守り姿勢のお父さんと。ケイさんは呆れ顔というか照れくさそうというか。ヨリちゃんさんもそんな家族と一緒に笑っている。
しかし、そんな言い方もあったのか。初めて知った。
そんな環境で育ったから、ケイさん自身も同性愛に走った自分をいともあっさり受け入れたわけか。
なんだか納得してしまった。
「孫ならお兄ちゃん夫婦が作ってくるっし、安心して嫁に来とくれ」
「やけん、まだ気が早かって言いよるやろ」
「何言いよっと! こぎゃんことは早めに話しといて悪かことはなかんばい! 心構えにもなるやろ!」
真っ赤になって抗議するケイさんを捩じ伏せるお母さんのセリフがカッコいい。
そうだよね。将来の話は早めにしておくべきだ。遠距離確定なケイさんとのことだから、それこそ今日中に。
連休中だけの恋人なのなら話す必要もないけど。
そうじゃないよね、ケイさん。
口説きおとした責任、とって。
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