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【連休9日目・朝】

 鳥の鳴き声で目を覚ますとか、いつぶりだろうか。  チュンチュンうるさい雀に起こされて、大あくびしながらスマホを探す。  そして、スマホより前にケイさんを見つけた。  布団は2枚敷かれているのにケイさんは自分の布団なんてほとんど使わず、布団と布団の間に落ちて眠っている。子どもか。  のそのそ布団から這い出て充電したままのスマホを手に取ると、時刻は間もなく7時というところだった。  いやぁ、久々に良く寝た。ほぼ8時間だ。  まだ寝ているケイさんを起こさないようにそっと部屋を出ると、かすかな音だったと思うのだけど客間から出てきたのが分かったらしく、キッチンからお父さんが顔を出した。手には茶碗としゃもじが握られていて、朝御飯を食べるところらしいと分かる。 「おはよう。良う眠れた?」 「おはようございます」  あれだけ飲んでたのに普通にご飯を食べようとしているお父さんの健啖家具合に尊敬の念を抱いてしまう。  俺くらい若ければそれも普通だろうが、お父さんはどう見ても還暦前後な年齢だ。食欲も肝機能も落ちている年代だろうに。 「昨日んだご汁残りよるけん今温めとるばい。身仕度しといで」  ほら行った行った、と追い出されるようにして回れ右して、出てきたばかりの客間に逆戻り。世話焼きケイさんのお父さんもやっぱり世話焼き好きらしい。  客間に戻るとちょうどケイさんが起きたところらしく、寝惚けた様子で周りをキョロキョロと見回していた。 「おはようございます」 「……あ」  声をかけたら、慌ててこちらを振り返ってケイさんが固まってしまった。  寝惚けているにしても何やら謎な反応だ。夢見でも悪かったんだろうか。  ケイさんが起き上がったまま座っている布団に座って視線を合わせたら、途端に引き寄せられて抱きすくめられた。ちょっと痛いのだけれど、ケイさんの反応が謎過ぎて心配の方が勝る。 「ケイさん? どうしました?」 「……カズくん、俺置いて行っちゃったかと思った」 「いやいや、それはないですよ。俺の荷物もあそこに置きっぱなしです」  しかも散らかしっぱなしです。すみません。  ていうか、本当に夢見が悪かったんだろうか。抱きついたまま離れないケイさんを抱っこして手の届く背中をポンポン叩いてあやしてみたら、珍しくこちらに体重を預けてきた。  そりゃあ俺も男の端くれではあるからケイさんの体重を支えるくらいできなくはないが、筋肉のしっかり付いた身体は流石に重たい。  何故か朝から甘えんぼうなケイさんをあやしていたら、そのうち落ち着いたらしく大きなため息と共に離れていった。といっても、少しだけ。 「朝から驚かせてごめんな。昨日母さんに脅されてな。ちょっと不安になってたんだよ」 「脅され、ですか?」  あの優しそうなお母さんにとは、驚きだ。何があったのか。  俺には熱烈歓迎ムードだったようだけれど、実は付き合いを反対してるとか、か?  ケイさんの様子から不安に苛まれて様子を窺う。と、ケイさんからは苦笑が返ってきた。 「カズくんは安心して良いよ。実の息子の俺より気に入られてるから。だからこそ、ちゃんと将来を見据えて話し合わないと逃げられるぞ、ってさ」 「俺の連休明けた後の事ですか」 「あー……、それがさらっと言い当てられるってことは、やっぱり不安にさせてたか?」  ごめんな、とまた謝られてぎゅっと抱き締められた。今度は体重をかけてくるのではなく、むしろ胡座をかいた膝の上に乗せられる感じで。  後ろからほっぺたをスリスリするあたり、まだ甘えんぼうモードのようだ。 「一昨日カズくんからお付き合いOK出たばかりだから、焦って迫ってもカズくんをビビらせるだけかなと思って話題を避けてたってのはあるけどな。母さんの冗談に乗る感じになって申し訳ないけど、俺は本当にカズくんにうちの嫁に来てほしいと思ってるよ」 「昨日も寝る直前くらいに言ってました? 何だか聞いた覚えがある気がします」 「うん、言った。前向きに検討するとも聞いた」  それを改めて口にするということは、それ本気だったのか。 「カズくんの考えを教えて?」 「うーん……」  急展開過ぎていまいちケイさんのプロポーズを信用できない、って言ったら怒るかな、流石に。 「旅先の非日常空間で熱にうかされてないと言い切れないので、少し時間をおいて落ち着いてから考えたいです」 「そんな言葉が出てくる時点で十分冷静だと思うけどね。分かった。じゃあ、少し遠距離恋愛してみよう?」  おや、うまいことまとまった感じだ。  しかしあれだな。遠距離恋愛とかムリだろ、と言っていた学生時代の俺に知らせてやりたいわ。将来それやるぞ、って。 「連休とか時間あったら熊本までおいでね。旅費は出すし」 「そうですねぇ。交通費は出すので滞在費お願いします」 「今回で慣れたね?」 「そうですね」  顔を見合わせてお互いニヤリと笑って。  結論も出たところで、朝御飯にしようと、そういうことになった。  今日もたくさん走らなければ。  客間に引っ込んでいる間に起きてきたお母さんとも挨拶し、ほとんど昨日の夕飯と同じメニューの朝御飯をいただく。一晩置いた鍋が美味しかった。  お母さんとは家で別れ、お父さんを店まで送って、ふたり旅をまた再開する。  お父さんには本当に気に入られたようで、アドレスの交換までしていただいた。  息子抜きで連絡取り合おう、だそうだ。こんな話の盛り上がらない人間のどこを気に入ってくれたのか、不思議でしょうがない。  そういえば、ケイさんのアドレス聞いたっけ? 「もしもしケイさんや」 「んー?」  相も変わらずケイさんの手で設定済みのナビに従って一路阿蘇山へ向かう道すがら。ちょっとふざけて声をかけてみる。  こんなふざけ口調をケイさんに使うのは初めてだった気がするけど、ケイさんは全く気にした様子もない。良かった。  って、それはどうでも良く。 「俺、ケイさんのメアドとか聞きましたっけ?」 「初日に交換しなかった?」  待ち合わせしてるし交換したと思うけど、とケイさんがスマホを確認し始める。  しばし、沈黙。  くねくねゆっくり坂を上っていく道は信号も少なく快適だ。  しばらくして、あれー、とケイさんが声をあげた。 「……無い、ね」  マジですか。  よく今までそれで困らなかったな。びっくりだ。  まぁ、ずっとピッタリ一緒に行動していたから、電話をかける用事もましてやメールをする用事もなかったわけで。  気がついて良かった。このまま東京帰っちゃったら連絡手段がなかったところだ。 「連絡先の確認なんて基本中の基本なのに、すっかり度忘れしてたよ。車停まったら交換しようね」 「いや、もう、気がついた今のうちにやっちゃってください。スマホ預けますんで」  運転中は運転席と助手席の間のスペースに放り出してある鞄からスマホを出して、片手でロック解除してそのままケイさんへ。  少し戸惑った様子で受け取ったケイさんは、勝手に触るよ、とさらに念を押してから操作し始めた。  そのプライバシー保護観念とか好感度さらにアップなんですが。  もう、ケイさんってば、どれだけ惚れさすの。まったく!

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