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【連休9日目・昼】

 海沿いや市街地では気にも留めなかった地震の爪痕は、阿蘇山周辺で顕著だった。  通行止めの主要道路に通れるけれど路肩注意な迂回路、すれ違う車も工事車両の姿が目につく。  地震直後はニュースなどで頻繁に目にした地割れや土砂崩れの現場に今来てるんだなぁ、と実感する。  東北も地震から2年後だったかそのくらいに行ったけど、地震の痕は広範囲だからこそ復旧は年単位で、あの時もすれ違ったのはダンプカーだらけだった。大型連休関係なく仕事をしているようで頭が下がる。  浄土ヶ浜に行きたくて津波の被害にあっていた岩手沿岸もしばらく走ったけど、土台しか残っていない住宅地とか、廃墟化したガソリンスタンドの屋根に残る津波の跡とか、目にする度に声を失ったものだ。  人間は自然災害には敵わないんだよな、結局。地震雷火事親父って日本の4大災害で、地震はその筆頭なんだから。  この親父って、台風を意味する大山風(おおやまじ)のことだという説と、いやいや昔の親父は災害並に恐かったという説があるらしい。  自然災害並に恐いだけの親父なんて誰も尊敬しないだろ、って思うけどな。  そんなことをしみじみしながら、ナビどおりにたどり着いたのは、阿蘇山カルデラのど真ん中。草千里ヶ浜駐車場だ。  阿蘇山の登山道は何本かあるらしいけれど、今復旧できているのは通ってきた道一本で、山から下りるのも同じ道を引き返すしか無いらしい。  とはいえ、道が1本でもあれば観光するには事足りるわけで。  阿蘇山の紹介で見られる景色と全く同じ、馬が放牧された一面の草原がそこにはあった。  空はちぎれ雲が浮かんだ晴れ模様、池に山と空が映っている。  360度写真撮影大会ですよね、これは。  時計を見れば昼時には少し早い時間で、存分に散策して写真を飽きるほど撮って、次の目的地へ移動することになった。  来た道を引き返し、さらに東へ。  途中で見つけたコンビニでおにぎりやサンドイッチを調達し、俺は食べながら運転して食事時間を短縮し、どんどん山道を進む。いや、食べ終わった途端に山道でホッとしたものだけど。  食べながら山道なんて流石に危なくてムリだ。  そうしてたどり着いたのが、高千穂峡も宿泊先の旅館も後回しにして、天岩戸神社。天孫降臨の聖地だ。  近くには天安河原もあってのんびり散策したい一帯だ。  天岩戸神社はその名の通り天岩戸を祀っている。天岩戸といえばあれだ。日本の神話に登場する、太陽神天照大御神が引きこもった場所。  ちなみに天安河原はその時に天照大御神を引っ張り出すために神様たちが大会議した場所だ。  いや、懐かしいな。高校生の頃に古事記は読んでて、とんでもなく赤裸々で人間臭い神様たちの物語に大爆笑したものだ。  そこまで笑わなくても、と今なら思うが、箸が転がっても笑っちゃう年頃だからな。多目に見よう。自分のことだけど。 「天岩戸拝観できるみたいだよ。お願いする?」 「是非!」  いや、まぁ、岩戸を閉じていた岩はぽいっと投げ捨てられて戸隠神社に落ちたらしいから、穴があるだけだろうけどね。せっかく来たのだから、見た、という実感が欲しい。  平日のおかげでか普段からそんなに混まないのか、受付していただいてから御祈祷を受けて天岩戸を目にするまで、ほぼ待ち時間無しで済んだのはありがたい。  丁寧に祀られている天岩戸がなんとも神々しかった。  さて、大会議場天安河原までは神社から徒歩10分だそうで、川沿いをゆっくりお散歩することになった。  遊歩道が整備されているから歩きやすいし、川と森の風景に思わず歩きながら写真を撮ってしまう。 「それにしても、ずいぶん離れてるよね」 「そもそもドッキリ企んで引きずり出したくらいなんで、引きこもりの本人にネタバレしちゃまずいでしょう」 「それもそうだ」  適当に答えたら納得された。それだとしてもちょっと遠い。  そんな話をしているうちに、目的地に到着。せいぜい10分なら疲れるまでもない間に着ける。15分超えると考えちゃうけどな。  ついた場所は崖を中だけ削り取ったような巨大な洞窟だった。鳥居とお社が建てられていて、木漏れ日が差し込むと荘厳な雰囲気が醸し出される。  ちょっと奥へお邪魔して日の光と鳥居が入るように構図をとったら、観光パンフレットみたいな写真が出来上がった。  ここで会議が開催されていた時はつまり天照大御神引きこもり中で世の中真っ暗だったんだけどな。  引き返しはサクサク歩いていって、そのまま高千穂峡方面へ戻ることになった。  時計を見れば意外と時間が経っていて、早く行動しないとチェックインが遅れてしまいそうだ。  次の行き先としてナビに指定されたのは淡水魚水族館で、高千穂峡でボートに乗る予定だと聞いていたから不思議だったのだけど、水族館から少し進んだ道の反対側がボート乗り場に近い駐車場でナビの設定は単なる目印だったらしい。  駐車場内は意外と車が多くて驚いた。平日なのに。定年過ぎの中高年層だろうか、俺のように大型連休でも取れたのだろうか。いや、もしかしてサービス業の定休日に奥さんとデートかも。いずれにしてもちょっと意外な車の台数。 「淡水魚水族館も珍しいから見てみたいけど、時間的にムリですよね」 「明日の朝行ってみる?」  ナビに設定されたおかげで興味を持ったのでそのまま言ってみたら、ケイさんから許可が出た。  ラッキー。口に出してみるものだ。  さて。高千穂峡見物に欠かせないのが貸しボート。オールが2つ付いた手漕ぎのあれだ。  ボート乗り場で救命胴衣を着込みながらボートの乗り方と漕ぎ方、注意事項の説明を受ける。  ボートの上で立ち上がらないこと、漕ぎ手の交代もダメ、滝の下には近づかないこと。で、30分くらいで帰ってきてください、とのこと。  ケイさんが漕ぎ手に立候補者してくれて、俺は全面的にお任せだ。筋力的にも、俺がしゃしゃり出る理由がない。  カメラを抱えている俺に係員から水滴が飛ぶので気を付けてくださいねと注意を受けていざ出発。  移動し始めた直後から前方前横斜めとあっちこっち写真に納めていく。  阿蘇山の溶岩が固まってできたという巨大な柱状列石が火山列島に住んでいながらなかなか見慣れない景色で楽しい。  写真を撮っているとたびたび写り込むケイさんは、はしゃぐ俺の姿こそ喜ばしいというように笑っていて、ちょっと照れる。  で、照れたついでに正面の彼氏を被写体にしてみた。写真嫌いではないようで嫌がらないけれど、恥ずかしいことは恥ずかしいようで苦笑気味。 「カズくんに撮られたの初めてだね、そういえば。人物は撮らないんだと思ってた」 「撮らないですよ、基本。今はちょうど目の前にイケメンがいたから思わず撮っちゃいましたけど」 「この平凡顔をイケメンって無理ありすぎかな」 「よっぽど不細工じゃなければ人はだいたいイケメン要素持ってるもんです」  自称平凡顔の俺が言うのもなんだが、そもそも人の顔にはそれぞれ個性があるもので、同じ顔の人が世界に3人いる、というドッペルゲンガーの話で登場する有名な定説も、裏を返せば同じ顔の人間なんて全世界でも3人しかいないわけだ。  ということは、平凡な顔といわれるのは何となく日本人に多い顔だちに分類される特に美醜の指摘を受けない顔という説明をするしかない。  その平凡顔に分類されない顔のうち、左右が整っていて肌艶が綺麗で目立つ傷痕もなく清潔感のある顔の人を、イケメンという。  つまり、イケメンは作れるんだよな。最近の女性誌に登場するイケメンモデルだって、男の感覚から見たら普通の顔だ。反対に美人過ぎる○○って女性も職業的特技のある普通の女性であることが多い。マスコミが煽りすぎ。  ケイさんだって性格イケメンの平凡顔ではあるけれど、精悍な顔立ちをしたイケメンだと言い張れば否定される余地もない。つまり、恋人目線で俺がイケメンだと言い張れば良いって話だ。  そんな俺称イケメンのケイさんをメインにして進行方向をバックに写真を撮ってみれば、溶岩によって作られた単体岩壁の崖に挟まれた碧色の川面と高千穂峡名物の崖上から川に流れ落ちる滝を遠景に背負ってなんとも幻想的な写真が出来上がった。  後でWi-Fiに繋いでスマホに送っておこう。待ち受けにちょうど良い。  それはそうと。 「ケイさん、ボートちょっと横に向けられます?」 「ん? あぁ、写真撮りたい?」  良いよ、と頷いてボートをほぼ真横に向けてくれた。  ケイさんの力強いオール捌きでボートはちょうど撮影スポットに着いていた。滝のすぐ下から撮る写真も良いけれど、こうして少し遠くから全体的に絵になるような写真も欲しいところだった。  進みながらだとケイさんの頭の上から撮る必要があって構図が難しいんだよ。  ボートを横に向けたことでケイさんからも進行方向の景色が見えて、おおっと歓声が聞こえた。停まったついでに休憩のようで、腕のストレッチをしながらだ。 「スゴいなぁ。近いのに来たことなかったのが勿体なかった」 「無いんですか?」 「親父は営業とか付き合いで何度か来てたらしいけどな。ボートは絶対乗ってこいって親父のおすすめだったんだ」  家業が小売業なので家族旅行も滅多に行けず、免許を取ったのは大学生になってからだから地元から離れていて、それから就職して大阪に行ってしまったので機会もなかったのだそうだ。  観光地情報や土地勘はあっても、九州の観光地に実際に足を向ける機会はあまりなかったから、俺に同行して巡れるのは実は良い機会だったらしい。  ケイさんも道案内だけじゃなく楽しんでいるなら俺も気が楽だ。  思う存分そこからの景色を写真に納め、川の流れに乗って少し逆戻りしてしまったボートをあらためて滝の方へ向ける。  滝周りは先客のボートが何台か浮かんでいて、それぞれに景色を堪能している様子だった。  滝を中心にぐるりと半周するようにボートを動かしてくれるケイさんの心遣いに感謝しつつ、色々な角度から何枚も写真を撮る。  落ちかけた太陽の光が斜めから入って、それはそれで幻想的な景色を作り出していた。むき出しの崖と飛び出すように流れ落ちる滝の図はその規模に関わらず神々しく見えるものだが、それなりの水量があるものだから何割か増しだ。  マイナスイオンたっぷりの水しぶきがカメラを濡らしてしまうので、水気ケアも忙しいんだけどな。 「なんか、語彙に乏しい自分が情けない限りだけど。凄いな」 「神々しいってこういうことですよねぇ」  大きな神社のある土地では、それぞれに神々が宿っていそうな神聖な景色を見るものだが。ここは群を抜いている。  日本の起源だからな、と言われれば納得してしまいそうだ。 「来て良かった」 「本当に」  他の感想はいらなかった。

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