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【連休10日目・朝】

 焼魚のかわりに川魚の甘露煮が置かれた他は典型的な旅館の朝御飯は、典型的ながら無茶苦茶美味しくてご飯を2回もおかわりした。  この朝御飯もあの板長さんの手によるのだろう。ファンになりそうだ。  朝風呂も朝御飯もたっぷり堪能して、朝イチの行き先に合わせて旅館を出たのが8時半だった。  朝風呂の時間は朝霧が立ち込めていたはずが、もうすっかり晴れて見通しが良い。今日も晴れそうである。  まず最初の目的地は昨日行きそびれた淡水魚水族館だ。海と違って種類はそう多くはないから規模も比例して小さいものの、生きた淡水魚などなかなか見る機会もないからけっこう楽しい。  感想がいちいち「美味しそう」なのはご愛嬌ということで。  普段旅先で塩焼きにされて串刺しで売られている川魚たちがこんな模様だったのかと改めて珍しく眺めつつ1時間ほど過ごして、高千穂を後にする。  今日から3日間はほとんどが長距離ドライブの予定だ。いつの間に用意していたのか引っ越し荷物から色々便利グッズを調達してきたケイさんが、携帯バッテリーやらケーブルやらと準備に忙しない。  珍しくケイさんが忙しない様子を見せていたのが緊張のせいだったというのは自己申告された。数年ぶりに運転席に座る予定ができていて、ハラハラしっぱなしだと。 「本当にペーパードライバーだから、カズくん教習の先生役頼むね」 「そんなこというと口うるさく言いますよ?」 「カズくんの運転技術は体感してるし、そのカズくんが言うことなんだからしっかり学ぶよ」  すっかり下駄を預けられてしまったようだ。責任重大なのだが。  まぁ、今回はケイさんにお任せするのは高速区間だけだから、前と後ろに進めれば良いんだけどな。田舎の高速だから車線変更も入口出口くらいだ。  ここから桜島はひとまず熊本近くまで山道をクネクネ下って、海近くから高速に乗って一気に南下するコースらしい。  短期用ドライバー保険は特定のコンビニで取り扱っているらしく、さすがに何もない山道にコンビニがあるわけもない。まずは高速のインター付近まで今まで通りドライブがてら運転の基本を復習からだ。 「ひとまず聞きますが、ケイさんどこまで覚えてます?」 「ギアの記号の意味とアクセルとブレーキくらい?」  半疑問口調で返された。くらい、ってそこまで基本を言われても。  どこから覚えてないのか話しながら確認していこうかな。 「この車、サイドブレーキがクラッチの場所に付いてるんで気を付けてくださいね」 「そういえばギアの位置も今まで乗ってた車と違う。気にしてなかった。クラッチって?」 「え? そこから?」  クラッチ忘れてたらマニュアル車は全く動かせないんだが。  もしかして。 「オートマ限定ですか?」 「うん。身分証代りに取ったみたいな免許証だから」  なるほど。  俺はむしろマニュアル車で取ってるからオートマ限定の教習内容を知らないんだけど。  まぁいいか。実際問題運転するのはオートマの小型車だし、知らなくても問題はない。 「左足側にペダルが付いてるんですよ。踏み込むとブレーキがかかって、もう一度踏み込むと持ち上がって解除されます」 「ほうほう」  このサイドブレーキのおかげで、親の車やレンタカーなどに乗る際にサイドブレーキを探してしまうという妙な弊害が出来た。思わず左足を踏み込んでしまって、スカッとこけかけるっていう。  ギアも同じく。うちの車のギアはフロントパネルに付いているから、他の車に乗ると手がひとまず空中を掻いてしまう。  まぁ、普通の車の配置は頭にはあるので、癖がでる、という程度で危険もないけどな。 「エンブレって覚えてます? エンジンブレーキ」 「低速ギアだと止まる力が働くってやつだね」 「そうです。今ちょうどエンブレ使ってますけど。低速ギアになるほどタイヤの回転をエンジンが管理するような仕組みなので、ブレーキがかかったようなイメージになるんですよね。高速ギアだとその仕組みが緩くなって慣性の法則に従うようになります」  自転車のギアを例にして教習所で教えられた覚えがあるけれど、多分仕組みが全然違う。自転車のギアの場合、高速ギアは一度の踏み込みでタイヤをたくさん回してくれるかわりに踏み込む力もたくさんいるが、低速ギアは一度の踏み込みでタイヤを回す量は少ないけれどペダルを軽く踏める。  車のギアは低速ギアだとタイヤを回す量は少ないかわりにタイヤを回す力は強い。高速ギアは少ない力でタイヤをたくさん回してくれるかわりに力が弱い。  自転車とはほぼ真逆だ。人力によるか機械によるかの違いなんだろうけどな。 「ちなみに、高速ギアでもエンブレは多少利きますしタイヤの路面摩擦もあるんで、放っておけば車はいつか勝手に止まります」  赤信号手前でアクセルからブレーキにいきなり踏みかえる車もけっこう見かけるけれど、もっと前からアクセルからもブレーキからも足を離してしまってエンブレに任せると急ブレーキにならなくて済むのにってよく思う。 「それと、ついでに優しい止まりかたも話しときますね。実はこれ、電車の先頭車両で運転手の手元見ていて同じだって気づいたんですけど。ブレーキ目一杯かけて減速したら、止まる寸前でブレーキを緩めるんですよ。そうすると、すうっと優しく止まれます」  電車の運転なんて特にそうで、しかも止まりきったらブレーキは完全に放してしまっていたんだ。あれを見たときは、なるほどなぁ、って感心したものだ。  まぁ、オートマ車の場合はクリープ現象というものがあるので、停車中にブレーキを放すわけにはいかないけど。  ブレーキといえば、停車中にブレーキランプが付いていない車両はマニュアル車といえるので大変分かりやすい。マニュアル車は加速が少し遅めなので要注意だ。こっちもゆっくり加速するから気にしたことはないけどな。  反対に、走りはじめの加速は早いけれど一定速度になるとゆっくり走っているような車も要注意。赤信号でいきなり急ブレーキ気味に止まるから。  あれ、燃費悪い走り方なんだよな。けっこう見かけるけど。  エンジンの音を聞きながら、頑張っている音がしない程度に車の調子に合わせてアクセルの踏み込みを加減してやるのが一番燃費が良いし、運転するのも楽なんだよ。  さて、次はブレーキと逆の話題にしようか。さっきも少し出たし。 「じゃあ次は、クリープ現象」 「Dレンジにしとくとアクセル踏まないでも前にゆっくり進む現象」 「正解です。うちの車は他車よりクリープ現象で出るスピードが速いみたいなんで気を付けてください」 「ちなみにどのくらい?」 「バック駐車でアクセルがいらないくらい」  え、と絶句された。  いや、アクセル踏んでる覚えがないんだ。バックする時、俺の足はブレーキペダルの上にある。坂になっていればさすがに登れないんでアクセル踏むけども。  クリープ現象って意外と力強い。渋滞の時もトロトロスピードならアクセルいらないで20km余裕で出る。  つまり、駐車場でアクセルとブレーキ踏み間違えて事故る車ってのはそもそもアクセルの踏み方がおかしいんだ。アクセルとブレーキをせっせと踏み変えてるから間違えるんであって、普段駐車するのにアクセルに足を置かない癖が付いていればそもそも間違いようがない。  アクセルとブレーキってペダルの高さが違うんだぞ。どうやったら踏み間違えられるのか分からないくらいだよ。  PとDのレンジを間違えて前に進むところをバックして店に突っ込んだってやつも、駐車スペースから車体半分出るくらいまでアクセルを踏まない俺からしてみたら意味分からないって話だ。  クリープ現象で出るスピードが速い理由は多分この車の車体重量のせいだ。後部両側スライドドアで5ドアの小型車だから、スライドドア機構分余計な部品が付いていて重量が増している。  その車を動かす分、この車のエンジンは重さに強いんだ。1人で乗っていても家族4人で乗っていても走りに大きな違いが感じられないくらい。そのかわり、坂道は苦手。そのようにエンジンが調整されていて、多分クリープ現象のスピードはその影響じゃないかと思う。  へぇ、と感心していたケイさんが反対に、はい先生質問です、と手を上げた。積極的な生徒さんだ。 「教習所でキープレフト、って教わったけど、あれはなんで? 真ん中走れば良くない?」 「なるべく左に避けて走ることをオススメしますけどねぇ。例えば今走ってる山道なんかだとカーブで対向車が中央線をはみ出してくる危険も多々あるし、中央線が引けないような狭い道だとお互いに左に寄って走らないと危ないし。左寄りに走ってれば右折車両を避けるのも楽ですしね」  それに、複線の道路だと基本的に左は走行車線で右は追い越し車線という暗黙のルール的なものがある。道路標識などで指示がない限り、トラックなどの遅い車は大体左を走っているものだ。  最近のトラックには右側を猛スピードで駆けていくおっかないヤツもいるけどな。  結局、自分が事故でも起こしてみないと運転マナーは育たないんだろうなと思う。昔はまだ他人の振り見て我が振り直せっていう風潮があったものだけど、今は自分に不利益がなければそれで良い派が多い気がするよ。 「ちょうど山道ですし、対向車がどう走ってるか見ててみたら良いと思います」  そう言ってみたら、そうする、とケイさんが神妙な様子で頷いた。  そうして会話も途切れたし、こちらはこちらで運転に集中することにした。この先急カーブが連続している上に意外と坂がキツい。 「カーブの曲がり方ちょっと実践しますね」  良い機会だし。うまいことヘアピンカーブが連続してるし。  手前のカーブは道路真ん中を道なりに沿って曲がり、次のカーブはいつものようにスローインファーストアウトかつアウトインアウトで曲がっていく。 「2つのカーブ曲がり分けたんですけど、わかりました?」 「最初のカーブが横向きの力が強かった」 「正解、です。……おっと、行きすぎた」  喋っていたらカーブ手前で減速不足にしてしまった。  いや、曲がれるけども。ひとりで乗ってる分には普段通りだけども。同乗者がいるのにちょっと乱暴。 「手前の方は一定スピードで道の真ん中を走ってみたんですよ。普段はしません。カーブ手前で反対側に寄ってブレーキ踏んで、曲がりながらカーブ天辺に寄せてアクセルに足移動して、スピードあげながら直線に戻す、と、横Gも減るし曲がりやすいんですよ」  これも教習のテキストには書いてあるカーブの曲がり方なんだけど、実践している車は案外少ない。  何故分かるか? 先行車両と追いかけっこになるからだよ。  何度も言うが、この車は坂道が苦手だから直線の登り坂では先行車両にあっという間に置いていかれる。にもかかわらず、カーブを過ぎたあたりでは何故か先行車両真後ろにピタッと追いついてしまってむしろ減速がいるんだ。おかしな話だよ。そんなに速く走れるならさっさと先に行けば良いのに。  後ろを追ってくる車もそうだ。直線では煽るくらいすぐ後ろにいるのに、カーブを過ぎたあたりだと後ろの車が見えないっていう謎現象。そういう車だと路肩に避けて先にどうぞってしてやりにくい。こっちはこっちで追い付いちゃう可能性大だから。  普通にのんびり走ってるだけなのにね。  種明かししたら普段俺がカーブをどう走っているか気になったようで、この車の軌跡を追いながら対向車を観察するという忙しさにケイさんがさらに前方を注目しだした。  言ったそばから、カーブの天辺あたりで中央線をはみ出してくる対向車に遭遇。向こうはこちらに対向車がいるとは思っていなかったようで慌てて線の内側に戻っていった。 「確かに、なるべく左を走ってた方が良さそう」 「カーブミラーで来るのは見えてたんでこっちもちょっと回避行動しときましたけどね」  左カーブだから右に一旦寄りたかったんだけど、左に逃げて強めに減速しておいた。ミラー見てなかったら最悪ぶつかってた位置だったな。良かった良かった。  実際、対向車が中央線をはみ出してくるのは左カーブの方が多い。普通車だからかもしれないが、みなさん内輪差意識しなさすぎる。対向車も意識しなさすぎ。対向車線にはみ出してショートカットしたい気持ちは分からんでもないが、やるならカーブミラーで対向車がいないのをちゃんと確認してほしいものだ。 「もしかして、カーブ出口でだいぶアクセル踏んでる?」 「踏んでますよ。車って真っ直ぐ進むように出来てるんです。ハンドルきって手を離したままアクセル踏むと体験できますけど、ハンドルが勝手に真っ直ぐに戻ります。カーブはこれを利用してて、出口でハンドルを戻すのに手で回すんじゃなくて車に任せるんですよ。例えば、こんな感じです」  ちょうどカーブに差し掛かったので、カーブ出口で手を離して見せた。まぁ、完全に離しちゃうと危ないので添えている感じで。  納得とともに感心したらしくて、ケイさんから何故か拍手をもらった。  俺が偉いわけじゃなくて車が偉いんだけど。照れますな。

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