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【連休10日目・朝(続)】

 ナビで周辺施設にコンビニを表示するように設定してあるから住宅の間隔が短くなってきてからルート上のコンビニをチェックしてみたら、インターのそばに1軒発見した。  うちの地元だとコンビニの数は多いが大半が駐車場なしなんだけど、地方に来ると反対に駐車場はトラックが停められるほど広いけどコンビニの数が少なくなる。  どっちにしても出先でコンビニ探しは大変だ。  無事に丸2日分のドライバー保険加入を済ませて、高速に乗る前にそのままケイさんと運転を交代する。  さてと、ペーパードライバー向け教習開始だ。  車の運転は運転席に座る前から始まっている。自分でも普段意識してないけど。 「ケイさん。コンビニの出口チェックしました? ここ、歩道に縁石あるんで気を付けてくださいね」 「え、うそ。見てくる」  はい、行ってらっしゃいませ。  その間に俺は自車周りのチェックだ。車の下に猫がいたり、空き缶が転がってたりするからね。コンビニを出た時から見える範囲で確認しているし、駐車前にもチェックはしてあるんだけど。  戻ってきたケイさんは、あっちから出られそう、と進行方向側の出口を指差した。出口確認OKだ。  さて、運転席に座ってもらったら、エンジンをかける前にまたやることがある。  身長が大差ないから大丈夫な気はするけども。 「椅子の位置大丈夫ですか? ブレーキ踏んでみてください。遠いとか、どこかに膝が当たるとかないです?」 「大丈夫」 「じゃあ、次はハンドルです。天辺に手を置いてみて、肘が曲がらずゆったり手が届くくらいが最適なんですが……大丈夫そうですね。その位置からミラー見て後ろがちゃんと見えたら、エンジンかけてください」  はいどうぞ、と鍵を差し出す。  自分の車だと自分の車のサイズに合わせてすでに設定済みだから気にもしない確認項目だけど、レンタカーや他人の車、自分の車でも点検整備に出した後なんかだとまず確認するところだ。  レンタカーだとサイドミラーもなんだけど、ケイさんは椅子の調整もしてないくらいそのまま乗れているからそこは割愛で。  では、出発進行。  先ほど俺が話していた内容をちゃんと覚えていたらしく、ケイさんもアクセルを踏まずに駐車スペースからゆっくり進ませはじめた。  その前へ進むスピードに、勝手に進むからちょっと怖い、と感想が漏れる。  その気持ちをお忘れなく。  インター近くで信号のそばなので、出るタイミングは赤信号に合わせれば間違いない。高速のインターはすぐそこだから道に迷う危険も皆無。  道順はナビが教えてくれるしな。  料金所はETCゲートを選んでもらって、そのまま鹿児島方面へ。分岐左側だから急カーブはあるけどループするまででもなく、慎重にハンドルを回してゆっくり進んでいくのにとりあえず任せた。  スピードを上げるのは直線になってから合流車線いっぱいに使えば十分だ。 「はい、徐々にアクセル踏み込んでください。ウインカーは右に出して。もっと踏んでー。合流側後方は目視確認をお忘れなく。そのまま入ってください」  もちろん俺も前方と後方と目視確認しながら、ケイさんの目の前にあるメーターを見ながらの指導だけど。  ブランクがあるにしてはスムーズに入れたんじゃないかな。  前後に他車もなく、スピードを一定に保てるようになってから、ようやくケイさんが深く息を吐き出した。 「はぁ、緊張した」 「お疲れ様でした」  一仕事終えたというようにしみじみ言うので俺も苦笑が漏れるのだが。助手席からだとミラーが使えないから指導も大変だ。  さてと、落ち着いたところで高速の走り方指導もしときますかね。今日はまだ車の量も少ない区間だから良いだろうけど、明日は福岡も通りすぎるからきっと車も増えるはずだ。 「高速の最高速度って覚えてます?」 「標識がなければ100kmだよね」 「じゃあ、最低速度は?」 「え、あ。そういえばあったな。何kmだっけ。60……?」 「50ですよ。たまに最低速度付近でトロトロ走ってる車がいるんで気を付けてくださいね。そんなスピードが相手だと一気に近づきますから」  本当にごくたまーにいるんだよ、最低速度で走ってる普通車。高速走るの遠慮して欲しいんだけど。追突事故の元だ。 「ケイさんは90から100km目安でスピード維持して走ってくださいね。ちなみに現在120km出てます」 「うわ、気付かなかった」 「って、そこでブレーキ踏んじゃダメですよ。アクセルから足離せば勝手に減速しますから、それで十分です」  そもそも、渋滞しているわけでもない高速道路でブレーキを踏む必要は全くない。パーキングやインターに出るまで俺の足はアクセルペダルの上に置きっぱなしだ。  まぁ、たまには運悪くブレーキ踏む羽目になることもあるけど。前方トラックで追い越し車線に割り込む隙間がなかったりしたら、トラックのスピードに落とすしかないからな。そういう場合でもブレーキを踏むのはよっぽど運が悪くて無制動状態でスピードが落ちきらなかった場合に限るくらい。  今回のケイさんを助手席に乗せている間に限れば、本当に高速走行中一度もブレーキを踏んでない。  みるみるスピードメーターが示す数字が下がっていくのをみて、本当だ、とケイさんが呟いている。 「スピード維持って観点で注意して欲しいのが、坂道です。平地を走っているうちと同じ感覚でアクセル踏んでるとスピード落ちますから要注意ですよ。定期的にメーターを確認する癖を付けたら良いと思います」  この坂道でスピードが落ちる現象が、現在高速道路で渋滞の温床となっている区間の主要原因だったりする。  高速道路で渋滞が起こる理由って大体解明されていて、坂道を下った後に登る構造になっているいわゆるサグ部といわれる箇所と、長い登り坂と、トンネルの入口が原因の8割を占める。どれも、前方車両のスピードが落ちるのに対応してブレーキを踏むことが最初の原因で、ブレーキを踏む時間が後ろに行くほど長くなりいずれは止まってしまうため、渋滞になるわけだ。  つまり、スピードを落とさないようにメーターを見ながらの走ることと、アクセルを離した時に自分の車がどれだけ減速するかを理解して減速にブレーキをできるだけ使わないことを、ドライバーさん全員が心がけられれば問題は解決する。  まぁ、色んなドライバーさんがいるから徹底は無理だろうとは思うけど。 「まぁ、高速なんて真っ直ぐ前に進むだけですし、スピードに慣れれば楽ですよね」 「簡単に言うよねぇ。いっぱいいっぱいなんだけど」 「ふふ。慣れてくださーい。疲れたら代わりますよ」  簡単にって言うけど、歩くのに身体の動かし方をいちいち考えないのと同じで、俺にとっての運転は自分の手足を動かすようなものだ。結局、慣れるしかない。  燃料が気になるので、スタンドのある最後のパーキングで一旦休憩してもらおう。  と思って検索してみたら、目的地までだいぶ距離のある地点で終わっているのが分かった。地方はこれだから怖いんだ。土地勘がないとガス欠の恐怖と隣あわせだ。  高速を下りてからでも間に合うが、余裕のあるうちに入れておこう。 「次のスタンドがあるパーキングに入ってください」 「え、どこ?」 「40km先です。近くなったらまた声かけますよ」 「うん、分かった。給油?」 「はい。ついでにちょっと早いですがお昼食べちゃいましょう」 「了解」  そういうことで。しばらくは運転に集中してもらうことにして、俺はひとりカラオケ大会に突入した。 「後1km先のパーキングに入ってくださいね」  目的地の看板が見えたので声をかけたら、ちょっと肩を震わせたケイさんから了解の返事があった。集中しているところに声をかけたせいで驚いたらしい。  そう話しているうちに、後500mの看板が見えてくる。高速道路での1kmなんてあっという間だ。 「そろそろウィンカー出して、退出路線に入ったら減速です。ブレーキベタ踏みで良いんで40kmくらいまで落としてください」  俺が口に出すタイミングでどんどん従ってくれるから、けっこうスムーズに減速してパーキングエリアに滑り込んでいく。  駐車場はトイレや売店から遠くても停めやすいところで、頭から突っ込める所に停めるのが楽だ。ちょうど最前列後方に空きがあったのでそこに停めてもらった。 「お疲れ様でした」 「ほんっとうに! カズくん尊敬した!」  サイドブレーキを踏み込んでブレーキペダルから足を離してようやく力が抜けたようで、ハンドルにぐてっとケイさんが寄りかかる。  あんまりそこに懐くとクラクション鳴っちゃいますよ。  時計を見れば12時に少し足りないくらいの時刻で、軽く昼食を摂るにはちょうど良い時間だった。  車から降りながら、声をかけてみる。 「ご飯の後は俺が運転しましょうか?」 「いや、高速のうちは頑張るよ。やっと慣れてきたところだし」 「じゃあ、目的の下り口までお願いします」  話はまとまり、まずは食料の調達へ。  セルフのスタンドがある他はコンビニくらいしかないこぢんまりとしたパーキングでちょっと意外だったけど、日本列島の端の方ならこんなもんかも知れない。  しかし、セルフスタンドなのはラッキーだな。店員任せだと満タンの量が店員によってまちまちで、1回の給油で走れる距離がだいぶ変わるんだ。小型車だと燃費が良い代わりにタンクも小さいから、1リットルの違いが大違い。 「あんまりお腹減ってないし、おにぎりで良いかなぁ」 「少な目にしとくと行った先で買い食いできますね」 「よし、決まり!」  疲れたといいながら元気にコンビニに向かっていくケイさんの後を追う。俺の昼飯は何にしようかな。

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