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【連休10日目・昼】
桜島の島内に入った時、時刻は既に14時近かった。
まぁ、海沿いを走っている時点で噴煙を上げる桜島は十分堪能したけども。
時間も限られているので、島一周は諦めて近い観光スポットに行くことにした。
いや、さすがにやっぱり高千穂から桜島は強行軍過ぎたか。
そんなわけでまず向かったのは、桜島を南側から眺められる展望スポット、有村溶岩展望所というところだった。
駐車場周辺にはお土産屋もあって、溶岩がお土産物として売られていた。これを熱々に熱して焼き肉なんかしたらまさに溶岩焼き。いや、まんまだけど。
展望所周辺は遊歩道になっていて、ゴロゴロ転がる溶岩を眺めながら散歩ができるコースだった。何かに見える、みたいな岩がたくさんあるらしい、と聞けばにわかカメラマンの俺が興味を持たない訳がない。
車から展望台まで整備された道をゆっくり歩く。
黒くて穴だらけのゴツゴツした岩が周りにゴロゴロしている間を歩いていくと、確かに火山のすぐそばなんだなと実感した。
日本って火山列島というだけあってあちこち火山だらけだ。火山がないのは近畿から中国四国の一帯くらいだろう。
九州なんて常に噴煙上げてるし。関東でいえば浅間山なんかもしょっちゅう噴火している。
だから、溶岩なんて実はあまり珍しくない。
ただ、よくこんな危ないところに住んでるよなぁと日本人の逞しさに呆れるくらいだ。石器時代のアニメか。
手すりがあって四阿があって、と整備された展望台に出ると、観光パンフレットで見る形とは少し違う桜島が目の前にデンと見えた。火山活動は小康状態のようで水蒸気だけが上がっているように見えた。
毎年のように爆発している火山だけに山肌は荒々しい限りだ。地球も生きてるんだな、と思わせられる場所、というか、肌荒れ大変だなと同情したくなる場所、というか。
「いやいや、肌荒れって」
「だってなんか、桜島くらいの規模だとニキビが潰れたのかなくらいに見えません?」
「地球のニキビなの? 火山って」
俺の感想にケイさん大爆笑。そんなに笑えるほどおかしなことは言ってない。
いや、言ったかな。
まぁ、人間ってちっぽけだね、というのに変わりはない。
正面の火山を思う存分満喫して振り返ると、こちらは全面の海だった。
半島に挟まれているはずだけど案外両脇の陸地も遠くて、南国の海がキラキラしている。
日本は島国だから海なんて見飽きるくらい見ているけれど、土地ごとに季節ごとに違った色をしている海はやっぱり見飽きないようだ。
「カズくんの顔もキラキラしてるよ」
「ケイさんは眼科に行くことをオススメしたいです」
「もう、かたくななんだから。素直に誉められてなさい」
ぷっと膨れっ面のケイさんに俺はやっぱり笑うしかない。
地図を見ていたら観光名所の3点記号で表示されている中に気になる言葉を見つけた。
黒神埋没鳥居。埋没って、好奇心を擽る言葉だ。
遠くないし、気になったなら行ってみよう、ということで。
中学校を挟んで反対側にある腹五社神社の昔の鳥居だそうで、取り壊し案も出たけれど噴火の記憶遺産として残されたのだとか。
火山灰や軽石によって一晩で埋まったというこの鳥居は、元々3mほどの高さだったそうな鳥居の笠置が腰の高さにある。
道路と中学校の体育館に挟まれるように残された鳥居の前に立つと、なんだか余計に感慨深く感じる。
この中学校もいずれまた溶岩に飲み込まれるのかな、とか。目の前にある、火山灰に埋まったこの鳥居のように。
「大自然の驚異を目の当たりにする、って案外身近だね」
「ですよね。この足元が100年近く前は2mも低かったなんて、想像もつきません」
似たようなものは普段の地元ドライブコースでも実は何度も見ているけれど。
東京南西部在住の俺のドライブコースは関東甲信越地方でもやはり南西部の方で、富士山や箱根伊豆あたりがうちの庭的行動範囲だ。
おかげで噴火口見物や溶岩造形物は見ようと思いさえすればいくらでも拝める。
目の前に残る埋まった鳥居は石造りだからこうして残っているけれど、富士山麓の溶岩樹形もなかなかビックリする遺物だと思う。
急速冷却されてゴツゴツしたまま残る溶岩の中に押し倒されて閉じ込められた森の木が、冷却されたとはいえ温度は無茶苦茶高温で燃え尽きることによって出来上がる空洞。現在迷いの森として自殺の名所になっている樹海は、溶岩流で何度も流されながら再生している森なんだと実感するんだ。
比較対象の山の大きさが違うとはいえ、噴火は噴火、大差ない。
鳥居が埋まったのは大正時代らしいのだから、そこから今までのたった100年ほどでこの周囲を覆っている森の存在に、自然って元気だなぁと感想を抱くくらいだ。
「そういわれればそうだよね。桜島なんてしょっちゅう爆発してるくせに、こんなに木がデカイ」
「溶岩って栄養分豊富なんですかねぇ」
いや、ミネラルはあっても有機物系栄養成分はさすがにないと思うんだけどな。
地球の生命力ってスゴい。
「せっかく来たからお参りもしていこうね」
どう見ても俺より断然信心深いケイさんが誘うのに俺も頷いてついていく。
ってか、由緒書きに書かれている御祭神が錚々たる面子なんですが。
月読命をはじめとして、瓊々杵尊 、彦火火出見尊 、鵜草葺不合尊 って、天孫三代揃い踏みだし。それぞれ奥さんと一緒だから木花咲耶姫 っていう富士浅間神社の御祭神までいるし。
日本神話になぞって補足すると、瓊々杵尊は天照大御神の孫にあたっていて高千穂峰に降り立った天孫降臨の主人公、彦火火出見尊は瓊々杵尊の子で浦島太郎のモデルになった海幸彦山幸彦兄弟の山幸彦の方、鵜草葺不合尊は彦火火出見尊の子で日本の初代天皇となる神武天皇のお父さんにあたる。こういう系図だ。
なんでこんな日本の端っこの小さな島の小さな神社にこんなに御大層な面々が祭られたのか、ちょっと興味が湧く。
まぁ、調べようにも火山に焼かれて文献なんて残ってないんだろうけど。
もしかすると、本当に祭りたかったのは浅間様なのかも知れない。で、女神様だから旦那も一緒に祭って、子どもも孫もって欲張ったらこうなった、と。
有り得る。
「カズくんって信仰と関係ないところで神社詳しいよな」
「日本の神話が好きだっただけですけどね?」
ついでに仏教と関係ないところで仏様階層にも少し詳しいです。ヒンズーの神様もお任せあれ。
子供の頃って児童向けに書き下した神話が読めるから、小学生の頃は世界中の神話を読み漁ったんだ。エジプト神話もギリシャ神話もケルト神話も旧約聖書も児童書で読んでいる。
でも、東洋の神様の方がやっぱり取っ付きやすくて、高校生の頃に現代語訳で読んだのは古事記だったりリグヴェーダだったり封神演義だったりしたわけだ。
日本の神話だと生まれた順番に神格は高くても高天ヶ原という神様の世界の最高権力者はだいぶ後の方で生まれた天照大御神だったり、っていう不思議な序列がある。
一方、インドの神様はもう少し西洋よりで3人の最高神が最上位に君臨している。創造神ブラフマーと維持神ヴィシュヌ、そして破壊神シヴァ。シヴァ神あたりは中二患者は好きだよね。
で、インドの神様は仏教の仏様と同一視されていたりするものだから、どちらかを覚えると知識が付いてくるわけだ。破壊の神なんてまんま弥勒菩薩だよねぇ。シヴァ神の化身とされるのは大黒天だけど。
「カズくんも中二病患ってた?」
「今でもそんなところありますけどね」
「子どもっぽくて夢見がちなのは男なら誰でもそう。妄想癖までじゃないでしょ?」
「それは、まあ」
実は俺には自分も知らない特殊能力が、とか。そんなものあったらきっともっと人生は生きやすかっただろうにね。
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