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【連休11日目・昼】
降ってわいたような超大型連休も残すところ土日の2日間のみとなった。
つまり、ケイさんといられるのも明日の朝までということだ。
一期一会とはいうものの、こんな地元から遠く離れた異国みたいな距離感の地でここまで離れがたい縁をもらうとは思っていなかったけど。
人の縁って不思議だ。
朝日を建物の裏から斜めに浴びる露天風呂で朝風呂を満喫し、鹿児島の海で獲れた新鮮な魚の干物がのった旅館らしい朝御飯に舌鼓を打つ。
そんな贅沢も、ケイさんが一緒だからよりいっそう幸せに受け止められるのかな、なんて思うのだ。
それはともかく、自分の座布団の上にケイさんの座布団まで重ねてふわふわに守られた尻が気恥ずかしいんですが。
一晩眠って朝風呂も入って朝っぱらからケイさんの魔法の手でマッサージされて、昨夜のダメージなんてほとんど残ってないのに。ケイさんは過保護だ。
「今日は俺が全線運転しようか?」
「うーん。関門海峡は渡ってみたいです」
「あぁ、トンネルは俺もさすがにまだ恐いから助かるよ」
そんなわけで、交代しながらに決定。慣れている俺はともかく、ケイさんは連続2時間が限界だろうからちょうど良さそうだ。
宿の人に見送られるという初めての経験をしながら、帰宅の旅に出発である。
最初は街中を走るからとケイさんに逃げられて俺の運転から。高速に乗ったら最初のパーキングで交代だそうだ。
ケイさんと出会ってから毎日晴天に恵まれていた天候もさすがにそろそろ限界だったようで、今日は生憎の曇り空。天気予報では全国的に西から下り坂だそうなので、雨の直前を逃げるように走るか雨を引き連れていくかの帰り道になりそうだ。
雨の道はそれなりに危険度が増すので、泣き出す前に走って岩国に着けると良いけど。
目的地は今夜の宿でナビを設定したのは、九州の高速道路が分岐だらけだからだ。
地図は頭に入っているからナビを設定しなくても看板だけで走れるけれど、道案内があった方がより安心には違いない。
ナビ画面でインター、ジャンクション、パーキングとこの先の目印が並んでお知らせされているのを眺めながら、今日の俺は運転するケイさんを1日眺めて過ごすことに決定している。
目印ごとに施設情報やそこまでの距離、到着予測時間などが表示されるから、どこで休憩にしようか考えるのに目安になってくれて助かるよな。
「ねぇ、カズくん」
「はい、何ですか、ケイさん」
「これからのことを話しても良いかな?」
「うーん。良いですけど、俺が運転してる時にしませんか? 気が散りますよ?」
「だって、見つめられてて穴が開きそう」
おっと。それは失礼しました。
ケイさんは前を見つめていて視線が合わないのが確定しているから、これ幸いと見つめていたのだけれど。
それはそれで気が散るようだ。ほどほどにしておこう。
冗談のネタにされた、俺とケイさんのそれぞれの未来の話だけれど、他に何もすることのない長時間ドライブの暇潰しに結局チラチラと話し合うことになった。
ケイさんは週明けから本格的に酒屋の経営を引き継ぐ方向で動き出すそうだ。
住まいは泊めていただいたご両親の自宅ではなく、そのさらに裏手にあったのだそうな祖父母が所有する古い家を予定しているとのこと。
それはもともとケイさんの祖父母や未婚だったお父さんの弟妹が暮らしていたそうで、ここ数年のうちに叔父と祖母は病気で亡くなり、叔母は再婚して家を出ていき、ひとり残っていた祖父も去年から介護付き老人ホームに入居することになり、今は住人がいない状態になっているという。
空き家は傷みが早いのとケイさんがお父さんの跡継ぎを決意して熊本に戻る決意をしたのとで、ちょうど良いからそこに住め、となったとか。
大正時代築のふっるーい家なんだよ、などとケイさんは言うのだけれど、つまり時代に合わせて改装を繰り返しながら人が住み続けた古民家ということだ。
東京郊外のニュータウンと呼ばれた人工の街に生まれ育った俺からみたら、垂涎の環境。心底羨ましい。
なんて感想をいえば、カズくんが嫁に来たら一緒に住めるように改装しておく、とケイさんがなにやら乗り気になった。
一方俺の方はといえば、週明けからまた新しいプロジェクトに組み込まれて頭と腕を酷使する生活に戻ることが今のところ見えている。
強制的に休暇を取らされて出社禁止状態の俺には、週明けからどこに放り込まれるのか想像もつかない。
所属プロジェクトから放り出されるたびにそんな状態なので慣れたものではあるのだが、俺という社員を会社としてどう育ててどう扱っていくつもりなのかそろそろ方向性を明確にしてほしいと思っていた。
それも、熊本移住という未来像がぽっと出たことでアプローチが変わることになる。今の会社を出て熊本に来て、ケイさんに頼らずに生きていけるだけの基盤を模索しなくては。
俺に永久就職しちゃいなよ、とケイさんは猛アプローチだけれど。男同士である以上、ケイさんと別れても生きていけるだけの足場が欲しいところなんだ。リスクは男女間の比じゃないのだから。
会社に戻れば次のプロジェクトはきっと決定済みだろうから、ひとまずはそのプロジェクトが収束するまでが俺の猶予だろう。
数年単位のプロジェクトなら途中で抜ける方法も考えなくちゃいけなくて面倒なので、なるべく1年以内に手が空くプロジェクトだといいよな。
今まではじっくり腰を据えて取り組める仕事に回して欲しいと思っていたことを考えれば、要望が真逆なんだけど。
出会っちゃったんだから仕方がない。
「この際起業も視野に入れるべきですかね」
「思いきったね。やりたいことでもあった?」
「それがあれば悩みません。雲を掴むみたいな話ですよ。話聞けそうな知り合いはいるんで相談してみようと思いますけど」
費用面でも採算性でも問題は山積みすぎる。
「うちの店手伝ってくれたら助かるんだけど?」
「それは必須事項と心得てますよ」
それ以外の収入源がね、欲しいっていうお話。
ケイさんが1時間半、俺が2時間運転してすっかり昼時も過ぎた頃、車は福岡県内のサービスエリアに停まった。
九州脱出の前に腹拵えだ。
ついでに、会社に持っていく九州土産も買っておかなければ。
ひとまず空腹を何とかすべくフードコートへ向かい、メニューを見て俺は思わずそこで立ち止まっていた。
「カズくん? どうかした?」
「えー、すっかり忘れてました。せっかく九州来たのにラーメン食ってない」
「……脱出する前に気がついて良かったね」
笑いをかみ殺す震え声でケイさんが答えてくれる。内心大爆笑なのかもしれない。
いやいや、俺にはだいぶ深刻なんだから。本場でとんこつラーメン食うって一生に一度は経験必須でしょう。
「発祥の地でちゃんぽん食べたじゃない」
「俺は皿うどんでしたけどねぇ」
というわけで、今日の昼飯決定。
昼食の混雑でなかなか席が空かず、席を確保してから注文してください、と係員が声を張り上げる中、ぼんやりふたりで席探し。
ようやく取れた席に荷物を置いて、ふたり分の注文をしにカウンターへ。帰り道に飲み水を調達してケイさんの待つテーブルに戻ったらすぐに渡されたベルが鳴った。席が埋まっている分調理場は余裕があるようだ。
もらってくるから待っててね、と俺を座らせてカウンターへ行ってしまうケイさんを見送って、改めてふうとひと息吐いた。
やっぱり少し体力が不足しているのを感じる。もう昨夜の痛みもほとんどないのに。
ラーメン屋カウンターのすぐそばにテーブルが見つかったおかげでケイさんは両手にどんぶりを載せたお盆をそれぞれ持ってすぐ戻ってきた。
引き取ろうと腰を浮かせたけど、ケイさんの口許が「まて」と動いた。
待て、って。俺は犬か。意味は分かったが。
「ここまで予定通りかな」
座ってパキンと割り箸を割りながら声をかけられて、そうですねと軽く頷いて返す。
最初にナビ設定した時の到着予測時刻から大きな変動なしでここまで来られているから、まぁ予定通りだ。
この先の交通情報も渋滞マークはないし、ここで少しゆっくりしてもチェックインは間に合うだろう。
長距離だと時速10kmの違いがだいぶ積み重なる。ましてや自分の普段のスピードと今日の順行速度は20km以上の差があるんだ、実は。4時間経てば100km近い距離差が出る。
狭い日本、そんなに急いでどこへ行く。
とはいってもやっぱり多少は急がないとな。
昼食の後は土産物屋へ繰り出す。目星は付いているので探して買うだけなんだが。
実家へは明太子とカステラの販売店が出張してきていたのでそれも一緒に宅配便で発送。会社へはとにかく数が必要かつ日保ちが大事なので、博多銘菓の和洋菓子と明太子味のえびせんで。
ケイさんには別の場所で待っていてもらって目的のものをさくさく買いそろえて戻ると、そのスピードを賞して拍手を貰えた。男の買い物なんてこんなもんだと思うけどな。
トイレ休憩の後、再びハンドルを握る。さてさて、九州脱出だ。
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