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【連休11日目・夜】

 宿に着いてみたらそれでも17時に近かった。休み休みで8時間弱か。ふたりでゆっくりだとこんなものなんだろう。  ひとりなら500km5時間って人間なんだけどな。  ん? 休み時間はどこに行った? そこは気にしてはいけない。  荷物を下ろしたら早速錦帯橋を見に行こうとケイさんに促された。  珍しくケイさんの方が乗り気だ。ケイさんプロデュースではない観光地だからかもしれない。  宿の位置はなんと錦帯橋の目の前で、客室によっては窓から橋が見える。  ちょっと橋を見てきますとカウンターにいた宿の人に声をかけてから、カメラ片手に宿を出た。  まだ日の入りには少し早い時刻のようで、傾いた陽の光に照らされた茜色に染まる橋は、土曜日のおかげで点々と見える人影とともに全体的に絵になる構図だ。  いや、これはカメラを構えないわけにはいかないでしょう。  珍しく隣でケイさんもスマホ構えてるし。 「宿をこっちにして良かったね」 「ですね。ご飯食べたらまた見に来ましょう」  今は夕景だが、夕闇に浮かび上がる姿もきっと素晴らしいことだろう。宿を出れば見える位置だから明日の朝も帰りがけに見られるし。  宿のロケーション最高だ。  気がすむまで写真を撮ってから、夕飯まで1時間近くはあることだし、橋を渡ってみることにした。  アーチ橋自体は一昨々日に長崎でも渡ってきたけれど、こちらは木造だからまた雰囲気が違うのだ。  往復できるそうな入橋料を支払っていざ橋の上へ。  入口出口プラス3連アーチの計5本の橋でできている錦帯橋は、構造上車輪のあるもので通過はできないのだけれど、大きさは2車線確保できそうな規模だ。  隣にかかる車道の橋と変わらないほど。  日本三名橋にも三奇橋にも数えられる錦帯橋だけど、どちらにせよ他の並び称される橋たちと比較にならない大きさだ。  そういえば、今回の旅で三名橋も三奇橋も制覇したんだな、結局。現存天守も制覇完了だし。良い旅になった。  日本人というのはどうも三大○○というものが好きなようで、名勝やら山やら滝やら川やらと色々あるのだけれど、橋でいうなら名橋と奇橋で別々に挙げられている。  調べたのは確か、山梨の猿橋を見に行ったときだった。三奇橋と看板に書かれてあったからネットで調べてみたら、三名橋というのも別にあると分かったのが経緯だが。  それぞれに2つまでは固定だけど最後の1つが諸説あるという話で、しかも錦帯橋は両方にランクインということだから、つまり両方合わせて固定な橋は3本ということに。もう、固定の3本で代表格決定にしちゃえば良いのに、と思う。  ちなみに、三名橋の方は錦帯橋と長崎で見に行った眼鏡橋、あと1つが日本橋だったり二重橋だったりする。  三奇橋の方は錦帯橋と猿橋と、あと1つがかずら橋か日光の神橋か現存していない愛本刎橋か木曽の桟だそうだ。現存してないのは省こうよ、とか、神橋はむしろ名橋の方じゃ、とかツッコミ所満載。俺個人的にはかずら橋推しだ。  それはともかく。  渡ってみた錦帯橋は、アーチ構造上急坂になっている部分は階段に作られているから案外渡りやすい橋になっていた。階段の段差もさほどない。  ただ、段差ゆえに障害のある人には優しくない造りではある。車椅子だと確実に渡れない。  これが最初に建設された当時にそもそも車椅子なんてなかったしな。歩けないヤツは死ぬしかない時代だ。そもそも歩けない状態で生き残れるほど医療も発達していなかっただろうけれど。 「まぁ、この橋だと歴史的建造物扱いだから、バリアフリーになってる方が違和感だよな」 「歩道橋みたいに階段の真ん中がスロープ状になってたりすると便利でしょうね」 「だから、歴史的建造物だって。改造してどうするの」 「いや、あれですよ。改造じゃなくて、この上にアクリル板とかを渡してスロープにしてやれば橋も傷つかないしバリアフリーになるし一石二鳥じゃないですか。スロープ急すぎるんで介助必須ですけど」  後ろから押してもらうとか、後ろ向きに引っ張りあげてもらうとか、何かしら助けてもらう必要はもちろんあるが。スロープがあるとないとじゃ大違いだ。  階段だと足腰の弱っている人にも辛いのだし。  あぁ、その手があったか、とケイさんがぽんと手を打つ。納得してくれたらしい。  いや、実はこの案、真逆の発想で実現されている歴史的建造物を知っているから言ってみたんだが。  横浜にある赤レンガ倉庫が、荷降ろし用のスロープの上にアクリル板らしいもので透明な階段を乗せていて、なるべく手を加えずに商業施設に再利用されている。階段の上にスロープでも、まぁ高さは変わるが無理では無いんじゃないだろうか。  ケイさんには、発想が柔軟だと感心されたものの、発案は俺ではないから少し恥ずかしい。  さて、時計をみればゆっくりしているうちにそろそろ夕飯の時間で、資料館などは見ずに引き返すことにした。  橋にはアーチの上に乗ってさえ見られれば満足だから、渡りきる必要すらない。  来た時間と同じくらいかけて宿に戻れば、宿のカウンターにいた従業員さんに夕飯の支度が出来てますよと声をかけられた。まだ予定の時間より数分早かったのだが。  まぁ良いや。お腹すいたし。  風呂上がりに夜風にあたれないかと何気なく窓の障子を開けてみたら、目の前にライトアップされた錦帯橋が見えていた。  チェックインした時も部屋には入ったのだから見えていたはずだけれど、夜闇にライトアップされた橋が浮かび上がっていることで目立つようになったのだろう。  感動して思わず声を上げていたら、後ろからやって来たケイさんも同じように感嘆の声を上げた。  窓を開けて橋を眺めているうちに、そっと肩を抱かれてそちらに寄りかかる。 「外に出なくて済んじゃったな」 「風呂上がりに服に着替えるの面倒だったんでありがたいですね」 「写真は?」 「三脚なしでこれは多分無理なので良いです」  目に焼き付けておきます。  そっか、と頷いてケイさんがふわりと笑ってくれた。  その顔も目に焼き付けておくことにしよう。しばらく会えないのだし。  むしろこちらの方が手元にカメラが無いことを悔やむくらいだ。  しばらくぼんやり眺めていたら、いつのまにか腰に回した腕でケイさんに抱き締められていた。 「そろそろ窓閉めるよ。冷えてきた」 「はーい」  良い子のお返事にもすっかり慣れたケイさんに頭を撫でてもらって、へへへと照れているうちに、俺越しに窓に手を伸ばしたケイさんが窓も障子も閉めてくれた。  本当に優しいというか甲斐甲斐しいというか。彼氏力は完璧なのに。  何でよりによって俺を選んじゃったかな。俺は嬉しいから良いけども。  それから、外を見るために電気を消したままの室内に促されて、敷かれている布団に足を取られて転ける俺と一緒にケイさんまで転がってきて。  いや、違うな。俺が転けたのをこれ幸いと押し倒されたんだな。うん。  少し暗闇に慣れた視界が影に遮られて、唇の端に柔らかく濡れた感触が落ちてくる。  全く無知というわけでもないし辛うじて童貞も卒業している身としては、ケイさんが何をしようとしているのか考えるまでもない。  どうせ見えない視界だけれど、そっと目蓋を落とした。  舌が吸いとられそうなほど強いキスが腰がしびれるほど気持ちいいと知ったのは、彼氏が出来たおかげだ。  元カノのめぐちゃんにしてあげられなかったのが悔やまれる。遠慮しない方が良かったんだなぁ。  俺にはセックスなんていう本能的作業も難しいらしい。  自覚したら、恥とか外聞とかいっていられないと腹も括れるわけで。 「ねぇ、ケイさん」 「ん?」  チュッと鼻の先にキスを落としていたケイさんがなんとも甘い声で問い返してくる。なんというか、俺の乙女思考を助長にかかっていないだろうか、この人。 「どした?」 「あ、や、えと……。俺はどうしたら良いですか?」 「ん? どう、って。今まさに俺に食われかけてる状況だけど?」 「そう、それです。俺もケイさんに何かした方が良いんですか?」  もうこの際俺は無知の役立たずだと理解していただいて良いかと。  前回の時は受けとるだけでいっぱいいっぱいでこちらから何かアクションを起こす余裕など欠片も無かったから、思い付きもしなかった。だが、あれは俗にいうマグロというものだろう。それが理由でケイさんに早々に飽きられるのも嫌だ。  しばらく戸惑った雰囲気だったケイさんの影が首を傾げたのがわかった。 「カズくんの好きに動いてくれて良いよ?」  いや、その「好きに」というのが分からないわけです。難題が難題のまま返ってきてしまった。 「……うーん」 「ふむ、そうか。カズくんには難しいんだな。だったら、何もしないでじっとしていて良いよ」 「それでケイさんはつまらなくなったりしませんか?」 「いや、全く。身を任せてくれるってことは、俺の好きにして良いってことだろう? むしろ喜んで張り切るよ。……そうだな、あえて言うなら、どこか掴みたいならシーツや枕じゃなくて俺の身体にしがみついてて」  答えてくれて、それからすぐに苦笑いっぽい声が続く。 「ほら、俺ビビりのヘタレだから。積極的に来られると引くタイプ」 「……そうでした。じゃあ、遠慮なくケイさんに全部お任せします」 「お任せされます。あ、痛いとか嫌だとかはちゃんと教えて。気持ちよくさせてあげたいから」 「うん」  大丈夫。ケイさんの優しさは有効性分半分のあの頭痛薬もビックリの配合量だから。  改めてキスをしてくれるケイさんの肩におっかなびっくり手を伸ばす。変に力を入れてしまってケイさんが痛い思いをしないように、そっとそっと。  意識して抱きついていられるのは多分最初のうちだけで、そのうちしがみつくのはやっぱり枕になるんだろうけど。  触りたくないわけじゃない。手を伸ばすのがちょっと億劫になるだけだから。  指だけ挿れて中の感じるところを擦られながら、俺とケイさんのを一緒に擦られるのに、気持ちよすぎてあられもない声が出る。  口元に抱き締めた枕を押し付けたら、それはダメだと咎められた。声が聞きたいって。ひきつった男の喘ぎ声なんて聞くに耐えないだろうに。可愛いんだってさ。  ケイさん、それはあばたもえくぼってやつですよ。

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