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【連休12日目・朝】

 雨の錦帯橋もそれはそれで風情があるものだ。  連休最終日は生憎の雨だった。  九州脱出も雨の直前を追われるように走ってきたのだから無理もない。むしろ、昨日の夕方に夕焼けが出たのは運が良かったくらいだろう。  橋は昨日渡ったし、ということで、写真だけ撮ってサクサクと次の目的地に向かった。  予定していた最終目的地、厳島神社だ。  車を本州側の駐車場に停めて船で渡るのが一般的なのだそうで、こちらも例に習うことにする。  さすが日曜日は混雑ぶりも相当だ。世界遺産指定されなくても景勝地、観光名所として名高かった地なのだから、公休日に混雑するのは仕方がないのだろう。  宿を早めに出てきたものの駐車場は船着き場に近いところからすでに埋まっていて、少し歩く距離にようやく民間の駐車場が見つかった。  まだ9時なのに。さすがは観光地。皆さん行動が早い。  車にはビニ傘が2本常備してあったから、片方をケイさんに譲った。どうせ1人しか車に乗らないのに傘2本要らなくないか、と自問していた傘なのだけれど、まさに備えあれば憂いなしだ。予備の大切さを実感。  雨と風のおかげで船は揺れに揺れ、周りは船酔い続出していたようだが、幸いにも俺もケイさんも船酔いには強かったようで揃ってけろっとしていた。  おかげで下船後も足止めなしですぐに神社へ向かう。  海の上に建てられたような神社の朱塗りの建物を順路に従って順番に見ていく。  海上に聳え立つ特徴的な鳥居に、人がたくさん歩くせいですっかり剥げてしまっている板敷きの桟、潮風に晒されていながら風格と優美さを決して失わない一連の建物群にため息しか出ない。  現在潮が満ちていっているのか引いていっているのかは分からないけれど土台が見えつつ一応海の中ではあるという水面の高さも、これはこれで面白かった。  いつもの通り御朱印をもらいに授与所へ向かうケイさんについていって、初めて御朱印帳を買った。  もしかして熊本に嫁入りすることになるなら、俺の普段の行動圏内にある神社や寺の御朱印を今のうちに集めてこよう、と思ったから。  初めて俺が御朱印をもらう姿を見たケイさんが驚いていたのでそう告げたら、嬉しそうに笑った後で関東の有名寺社をあっちこっちリクエストしてくれた。  なかなか観光旅行にも出られなくなるケイさんの代理と思えば、写真もたくさん撮ってこなければと気合いが入る。  しかし数が半端ないな。週末毎に出かけないと間に合わないだろうか。 「てか、鎌倉五山と浅草寺以外全部神社ですか」 「東照宮もお寺でしょう?」 「あ、そうですね」  あれもこれも、の内訳に苦笑する。出るわ出るわ神社だらけだ。  ケイさんの好みがどちらかといえば神社なのだろう。確かに宗教感の蘊蓄を聞いていても多神教自然信仰寄りではある。  俺も比較するなら神社派だから否やはない。お寺も見事な庭を持っているところが多くて見て回るのは楽しいんだけどな。 「御朱印帳って寺と神社で分けた方が良いですかね?」 「そこは個人の拘りにお任せだよ。宗教の違いでいうならそもそもそれぞれに宗派も違うんだから宗派毎に分けないの?って究極論も成り立つし」 「宗派なんて分からないですよ」 「まあ、見た目じゃさっぱりだよね。元々神社なのか、って造りの所もあるしなぁ」  あるね。狛犬がいたりとか。反対に神社に鐘楼があったりもするし。  はっきり分かれてはいないし、それでまぁ良いかっていう適当さがお参りする側にもあるし。  そういえば、なんで狛犬は神社にいるんだろうか。阿吽二字って仏教思想だよな。ってことは、狛犬も元々はお寺にいるもの? 「おや。カズくん考え込んじゃった」 「うーん。謎です」  帰ったら調べてみよう。  一通り巡って車に戻ったらちょうど昼時だった。  広島から新幹線に乗るのだというケイさんを送りがてら、途中で昼食にそばの入ったミルフィーユのような重ね焼きのお好み焼を食べる。  広島風お好み焼、と言われるのだけれど、ぐちゃぐちゃに混ぜて全部まとめて焼くお好み焼きとは全く別物だと思う。  むしろ具がほとんどはいっていないお好み焼き風な埼玉のフライのように、違う名前だったら良かったのにな。  最後まで食に恵まれて実に美味いお好み焼を堪能し、気づけば時刻は14時近く。そろそろ本気で別れないと帰宅時間が日付を跨ぎそうだ。ここから大体10時間かかるらしいから。  別れないといけないのはわかっているのに離れがたくて、車をコインパーキングに停めてケイさんを新幹線口まで見送ることにした。  人目も気にせず手を繋いでなるべくゆっくり歩いていく。  何度も何度も、気を付けて帰るんだよ、熊本まで遊びに来てね、と声をかけられるのに、俺はうんうんと頷くばっかり。 「あぁ、帰りたくない」 「言わないで、ケイさん。俺はもっと帰りたくないんだから」  元気でね、またね。  同じ言葉を繰り返してしまうのも名残惜しい証拠だ。  自動券売機で切符を買ってきたケイさんと改札近くでギリギリまで一緒にいて。  なかなか声も出せずにふたりほとんど無言で手だけはしっかり握りあっていた。  やがて、乗る予定の新幹線到着のアナウンスが流れる。 「じゃあ、また」 「来月の連休、朝一の飛行機に乗りますから」 「うん。迎えに行くよ。連絡して」 「ケイさんも」  ケイさんの方も態度から名残惜しい気持ちが伝わってくるけれど。時間は刻々と過ぎていく。  電車が高速で近づいてくる音が聞こえて、ヤバイと呟いたケイさんが大きく手を振ってホームにかけ上がっていった。  姿が見えなくなるまで見送って、ようやく足が動く。  東京まで、頑張ろう。  駅ビル近くのコインパーキングに着いたところで、スマホが震えた。  ケイさんから、実は初めてもらうメールだ。  やっと席に落ち着いたところで連絡をくれたのだろう。  ギリギリ乗れたとの報告と、気を付けて帰るんだよ、と先程まで散々聞いていた言葉と。  夜中になると思いますが、家に着いたらメール入れますね。  そんな返信をして、スマホを機内モードに設定し鞄に放り込む。  この時間なら大阪近郊の渋滞も解消した頃に通過できるだろうか。  普段のドライブモードで簡単な運転計画を立てて。  ナビで「自宅へ帰る」を設定したら、案の定到着予測時間は24時を過ぎていた。

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