出会いは多分偶然。 知り合いの友達、というありきたりなシチュエーション。 たまたま行ったバーでたまたま偶然会ったから、 たまたま同じ席に座らせてもらっただけ。 男同士だし、お互いに元々恋愛対象が男だったわけでもなく 普通にしていれば何にも起きないはずだった。 でもとにかく、色々と最悪の条件が重なっていた。 まず、雰囲気に押されて普段あまり飲まない酒を飲んでしまったことが一つ。 そして途中で間を繋いでいた知り合いが 恋人に怒られ帰ってしまい、2人きりにされたことが一つ。 一番大きな原因を挙げるとすれば、 彼がめちゃくちゃに泣き出してしまったことに起因する。 今にしてみれば何故あの時彼は自分の前であんな風に感情を露わにしたのかは謎であるが 酔ってピンク色の頭になりかけていたナナメにとっては その冷ややかな目元を涙で滲ませるなど、 誘わないわけにはいかない所業であったのだ。 彼がそんなに感情を昂らせていた理由というのも 酷い恋愛をした直後だったということらしい。 そこに漬け込んでうまく口車に乗せて身体を重ねたのは自分の罪だし もちろん彼は何にも悪くなくて。 寧ろ可哀想ですらあった。 泣きながら、呼べない名前を閉じ込めるように繰り返された悲しい吐息を まるで食い物にするような男に捕まってしまって。 とにかく、その時はもうそれで彼とは2度と会うことはないのだろうと思っていたのだが 今にも死にそうな顔をしている彼をそのまま見放すことができず どうせ広い家に一人だからと招き入れたのが この謎の同棲生活の始まりであった。 最初はたまにやってくる程度であったが、 気付けば倉庫代わりだった部屋が彼の荷物で溢れ ほとんど飾りと化していたキッチンは彼の城となり いつの間にか彼はアパートまで引き払ったらしい。 2人で仲良く出かけることも無かったが、 同じ屋根の下にいても別居状態というドライな関係かといえばそうではなく 普通に、おかえりただいまと言い合うし食事も一緒に摂っていたし 時々身体を重ねることもあった。 つまり、2人の関係は何かと言われれば いわゆるセフレ、というものが近しいだろう。 一つ違うところをあげるとすれば、 自分で割り切った関係をはじめておきながら いつの間にやら勝手に彼を好きになってしまったこと、だろうか。 もちろんそんな事言えるわけもなく、 好きな人と一つ屋根の下という間違いなく幸せであるべき状況を いまいち味わいきれていないナナメであった。 同性同士で、別に何かの保証になるわけでもない どこかに行きつきたいとも思っていない…。 だけど、好きな人に好きと言えないことがこんなにも心を苦しめる要因なのか？と。 好きと言ってしまえばもっと苦しくなることが分かっているから尚更だ。 いつ崩れるとも限らない細い糸のようなこの関係に 改善の余地も明確な割り切り方もわからないまま、 この曖昧な状態で毎日一緒にいる生活が、 2年も経とうとしていた。