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1-5 ひとつ屋根の下

コーヒーの入ったカップをテーブルの上に並べて、ナナメは先に席についた。 元々1人しか居なかったのにも関わらず、無駄に4人がけなテーブルは一応ちゃんと椅子も4つあったが使う席は大体決まっていた。 窓に背を向けるようにしてナナメが座り、その向かいにヨコ、その隣はいつも大体彼の出勤鞄が陣取っている。 テーブルの上にはトーストやサラダなど、社畜の朝食とは思えない立派なメニューが並んでいる。 ランチバッグを持ったヨコがこちらへやってきて、出勤鞄の中に詰めるとようやく彼も席についた。 「いただきます」 同時に挨拶をし、ナナメは置いてあった小瓶に手を伸ばし 赤く輝いているジャムをトーストに塗る。 ヨコは甘いものがあまり得意ではないらしいので、ナナメのためだけに用意されているものだった。 自分で買った覚えはもちろん無いのだが、 2年も一緒に暮らせば流石に好みは把握されているらしい。 トーストを口に運ぶと、ふわりと苺のいい香りが口の中に広がって ごろっとした果肉はよくある安いイチゴジャムのそれではなく 絶妙な甘さ加減に思わず目が輝いてしまう。 「わ。このジャム美味しいですね!」 ナナメが思わず叫ぶと、ヨコは無表情にコーヒーカップに口を付けていた。 「この前会社の人に大量に貰ったやつ」 「……え?もしかして作ったんですか?…いつのまに…」 「砂糖で煮ただけだ」 彼のことだから恐らく手の込んだ工程を差し込んでいる事だろう。 それらはナナメには想像もつかないことではあったのだが 自分が食べるわけでも無いのにそんな風に手間をかけてくれた事が単純に嬉しくて しっかり味わうように噛み締めるのであった。 実りがあるとは決して言えないが平穏な世間話をしながら朝食を終え、 バッチリジャケットを羽織ってヨコは出勤していった。 26歳という若さでありながらそれなりの役職を与えられているらしい彼は、 さぞかし色んな女子に狙われている事だろうと思う。 彼の居なくなった家は余計に広く感じてしまって ナナメは食器を片付けながら小さくため息をついた。 「ヨコさん…いつまでここにいてくれるのかなぁ…」 自分で発しておきながら、その言葉には少々傷付いてしまう。 今のこの素晴らしい生活はきっと永遠じゃないし、 恐らく限定的なもので終わりはすぐにやってくるのだろう。 彼がいくら恋愛に振り回されていたとはいえ、まだまだ若いのだし そんな過去の傷など忘れさせてくれるような素晴らしい女性など幾らでも言い寄って来るに違いない。 先程ジャムを塗ったスプーンを意地汚く口に含んで、その最高のジャムの味を噛み締めた。 「あんなかっこよくて、仕事ができてこんな美味しいジャム作っちゃうなんて 絶対結婚したいでしょ…俺もしたい…」 1人で頷きながらバカみたいな願望を口に出してしまったことに 誰も聞いていないとは言え恥ずかしくなって ナナメはそそくさとシンクに食器を運んだ。 2人分の食器を洗い始めながら、彼がいなくなったら自分は相当破綻した生活になってしまうのだろうなと 他人事のように考えるのであった。

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