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1-27 トラウマといまから

やってしまった。 彼が気を失うまでめちゃくちゃしてしまった事を大変に反省しながら、 ヨコは狭苦しい喫煙所で煙を吐き出した。 彼に触っているとどうにも自分が制御できなくなってしまう。 「はぁ…」 泣かせたかったわけじゃないのに、自分が変に気持ちを伝えずにいたからだろうか。 きっと臆病な自分のせいだ。 まさか自分なんかのことで、あんな風に思い詰めているとは。 ヨコは少し思考して、 あの家に来る前のことまでつい遡ってしまった。 もう顔も思い出せないくらい抹消し続けた記憶だ。 社会人になりたての頃に友達の紹介で出会い、 なんとなく付き合ってなんとなく同棲し始めて なんとなくこのまま結婚するのだろうと思っていた。 それなりに大切にしていたしそれなりに好きだった。 今思えば、 そんな風になんとなくとかそれなりに、だったから良くなかったのかもしれない。 いつからか彼女は家を空けることが多くなり、 どうしたものかと思っていた矢先だった。 結婚するんだって、と噂としてやって来た情報は自分の預かりしれない話で。 彼女に問い詰めると、つーかもうしたから、と素っ気なく突き放され、 そこから嘘のように自分が壊れていって。 嫌なことを思い出してしまいヨコは深いため息を溢して ガラス窓の向こうのつまらない都会の景色を眺めた。 あの時はもう恋愛はごめんだと誓ってすらいたのだが、今はこの体たらくだ。 年上の、しかも同性だとは夢にも思わなかったが いなくならないで、とあんな風に泣きながら言われて トラウマだとか、過去だとか、逃げてる場合か?、と。 ヨコは煙草を口に咥えたまま色々と高速で頭を回し、やがて面倒になって簡単な結論に結局着地させた。 決めてしまえばごちゃごちゃした考えは全て雑念でしか無くなって随分と楽になるものだ。 「……うん、よし。」 ヨコは一人で頷いて、改めて過去の事を抹消し 今目の前にいる人間に向き合うことにした。 なんとなく、とかそれなりに、とかそんなんじゃなくて 恥も外聞も捨てて、ちゃんと真正面から向き合って そうでないときっとあの人は、一筋縄ではいかないだろうから。 「課長、こちらにいらっしゃいましたか」 喫煙所のドアが開き、ヨコは振り返った。 眼鏡の女子社員は小柄だったがその目付きは鋭く、こちらをじろ、と見上げてくる。 「雨咲…どうした?」 ヨコは何か怒られるのかと思わず身構えてしまったが 彼女は何か言い辛そうにそわそわと肘を撫でている。 「それが、その……大変言いにくいのですが…」 「なんだ?」 「その……どうやら…私また、やってしまったようで…」 「は?」

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