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1-29 トラウマといまから
頭がガンガンする。
ヨコはようやく金切り声から解放され、頭を抱えながら廊下をふらふらと歩いた。
部下の不始末は上司の責任、まあそれは分かるのだが
不始末、というかなんというか。
「はあ……」
煙草吸いたーい、と思いながらもヨコは自分の部署があるフロアに戻ってきて
果てしなく遠い端まで歩いていく。
「真壁、雷雨ちゃんまたやったな」
途中で別部署の同期がニヤニヤしながら声をかけてきた。
雷雨ちゃん、とは雨咲の悪いあだ名であった。
「あーなんか上のフロアのお局にババアって言ったらしいじゃん。」
「な、ウケんだけど」
「もう噂になってるのか…」
近くにいた他の社員も混ざってきて、ヨコはため息を零した。
雨咲は非常に優秀な社員ではあったのだが、
その正義感ゆえかどうにも黙っておけない性質があり
今回のような騒動は今に始まったことではなかったのだが
ただでさえ目をつけられている彼女はますます会社で孤立してしまうことだろう。
「まあよくぞ言ってくれた!って感じだけどな」
「雷雨ちゃんに下剋上してほしいわ」
ゴシップに飢えた社畜共は他人事だと思って好き勝手言っている。
ヨコは彼らを無視して自分の部署に戻った。
雨咲は済ました顔でパソコンに向かっていて、その肝の据わり方は誠に尊敬ではあるのだが。
「課長〜大丈夫っすか…?」
雨咲よりも先にミナミが顔を上げ苦笑してくる。
その声に彼女も気付き、立ち上がった。
「真壁課長、本当にすみませんでした」
「あーまあ仕方ない…色々言いたくなる気持ちはわかる。
だが“ババア”ってのが良くなかったな」
具体的に何が起きたのかはよくわからないが、彼女は彼女なりの正義があったのだろう。
ヨコもとにかくキンキンとヒステリックに叫ばれて心の中ではついそう呼んでしまったし
あまり責めても仕方がない。
「すみません…私、ついカッとなって…」
普段は冷静沈着な彼女であるがゆえに、余程だったのだろう。
「いやよく言ったよ雨咲ちゃんは…俺はスカッとしたね」
今日は珍しく現れた裾川が腕を組みながら頷いている。
どうやら彼は一部始終を見ていたらしい。
年も少し離れていて、妻子持ちの彼はこのチームでは頼り甲斐のあるお兄さん的な感じで上手く空気を穏やかにしてくれる貴重な存在だった。
「まあそうだな、ちゃんと意見を言えるのはお前の強みだ。
だが言い方は考えないとな」
ヨコはそう言いながらも、やはりどこかしゅんとなっているように見える彼女の頭をぽんぽんと撫でておいた。
彼女は優秀で大切な部下だし、あまり落ち込まれても困る。
自分が怒られるだけで収まるのであればよしとしよう。
「課長…私、取り返せるよう頑張ります。」
雨咲はこちらを睨むように顔を上げ、片手をグッと握り締めた。
その殺気に殴られるのかと一瞬身構えたが、どうやらやる気を取り戻してくれたらしい。
「うんみんなでがんばろーや。見返そうぜ〜」
「そっすね!」
他2人も和やかな雰囲気に加担してくれて、ヨコはとりあえず事なきを得たと思うことにした。
そんな和やかな雰囲気の中、他部署の刺客がやってきて
ニヤニヤと笑いながら何かの紙をひらひらさせる。
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