本当にヨコが帰ってこなくなって、ナナメは切り替えようと意識しつつも なんとなく心が重い、みたいな日常を送っていた。 たった数日なのにもう何年も経ったような気さえした。 担当の編集である袖野が家に訪ねてきた時は、久々に人間に会ったような感じがして 思わず声が出てこなかったほどだ。 リビングに通して茶を出してやり、 元々予定があった作品にプラスしてここ数日の絶望の淵で完成させた作品を渡すと 袖野はノートパソコンの画面を見つめ、やがて顔をあげると変な顔をした。 「これやっば」 それだけを呟かれ、 ナナメはよく意味がわからず苦笑をして誤魔化した。 「なんかのストックとかにでもなりますかねえ…」 「いやあかんあかん、やばいってこれ。勿体無いって」 「そう…ですかね？」 袖野は、はえー、と謎の声を溢しながら目を擦ったりして やがてまたナナメを見つめてくる。 「手直しはいると思うけど、それにしても神作ちゃうこれ…」 「うそぉ？」 なんの用意もなく思いつくままに書いただけなのに、褒めすぎではないだろうか。 とはいえ袖野はいつも大体褒めてくれるので、 ナナメはあまり本気には受け取っていなかった。 「絶対勿体無い！悪いこと言わん、なんか賞とかに出そ、な？」 「えー？うーん」 「いや、てかボクが勝手に出さしてもらうわ うわでもどうしよう出世したら…そしたら七瀬さんのせいやからな」 「まさかまさか」 調子のいいことを言ってくる袖野にナナメは苦笑しながら肩を竦めた。 正直自分でも何をそんなに褒めてもらえるのか分かってはいなかった。 一生懸命取り組んでいるし、それこそ命懸けみたいな時もあるわけで 作品に愛情が無いと言えば嘘にはなるが。 自分のうまくいっていないことを騙くらかして 昇華して、なんとか人生に意味を見出しているだけと言われてしまえば終わりなのだ。 「ちょっと一旦持ち帰ってもう一回連絡させてもらうわ」 「うーん、まあはい」 「マジで絶対やからな？」 袖野はパソコンを閉じ、割と真剣そうな顔で見つめてくる。 「袖野さんがそういうなら…」 「はぁ、七瀬さんにはもちっと自信付けてもらいたいもんや」 袖野はため息をついていて、ナナメはまた肩を竦めた。 彼は数年前に担当が変わってからの付き合いだが、確かに仕事が出来る男で 大体何事にも自信のないナナメであったが、袖野がそんな風に持ち上げてくれると 少しは、そうなのかな？という気分になってしまう。 ともかく何か喜んでもらえたのなら良かった、と思う事にするナナメであった。